悪の種子
涙を拭って、静かに大人しく抱きしめられているシヴィアを見て、ルディーシャは話し始める。
「実はわたくしと王妃殿下からもお話があるの。フローレンスについてなのだけれど、第二王子のエルキュールか第三王子のフランシスと婚約をするのはどうかしら?そうすれば、名実共に娘になるし、ディアドラも手が出せなくなるでしょう」
恐れていた事態の一つに、シヴィアは身を強張らせた。
そして、静かに首を横に振る。
「ああ、そうね。もし、アルシェンと貴女が結婚するとしても、息子達を公爵家に婿入りさせれば…」
「いいえ、なりません」
思ったよりもきっぱりした口調で断られて、ルディーシャと王妃は顔を見合わせた。
シヴィアの眉間には、深い皺が寄っている。
「わたくしも、フローレンスも王家に輿入れするのも、婿としてお迎えするのも絶対に許されないのです」
「……それはディアドラに外戚としての権力を持たせる事になるからかしら?」
厳しい顔で問いかけた王妃に、シヴィアは悲しい顔で頷く。
「そうですが、それだけではありません。わたくしとフローレンスにはあの祖母の血が流れているのです。もし、その血が王室に混じってしまったらと考えると恐ろしくて……」
己の細い身体を抱きしめるように、シヴィアは身を縮こまらせる。
言われた意味の何たるかを理解して、王妃とルディーシャは息を呑んだ。
悪しき血が、悪の種子が、王家に根付いたら。
シヴィアは小さく脅えたように言う。
「わたくしの子供や孫の代までなら、わたくしが責任を持てたとして、その後はどうでしょうか。王家の血は絶え間なく続いて行くのに、その中で暴君が生まれてしまったら。きっと、その身の破滅だけでなく、この国さえ潰えさせてしまうかもしれません。そのような禍根をわざわざ植え付ける訳にはいかないのです……」
それは幼いながらの毅然とした忠誠心である。
我が身の栄華よりも、国と臣民を重んじた故の決意を、王妃と王太子妃としては受け止めざるを得なかった。
そして、母として息子アルシェンの恋の行方を、思わぬところで知ってしまって、心も痛む。
母親に対して失望したなどという、アルシェンの信念の強さに成長を感じつつも、悔しくもあった。
誰が成長させたのかと言えば、シヴィアという健気に凛と咲く黒百合の様な令嬢で。
正義感と、それから恋心を持ってアルシェンは彼女の為に奔走していたのだ。
報われない恋も切ないが、もしかしてシヴィアは。
ハッと顔を上げたルディーシャを見て、王妃は静かに首を横に振った。
シヴィアは、ここで血を絶やす気でいるのかもしれない。
もしも追い詰めれば、自ら命を絶ってしまう危うさすら感じられて、ルディーシャは慌ててシヴィアを抱きしめた。
「貴女の気持ちはよく分かってよ。もう二度とこのような事は言いませんから、貴女は従兄のカッツェと妹のフローレンス、自分の将来について考え、学ぶのです。それ以外は成長してから考えなさい」
「カッツェ……フローレンス……」
大事な肉親の名前を、シヴィアがぼんやりと繰り返す。
ルディーシャは、今すぐシヴィアが何もかも捨ててしまわないようにとぎゅっと強く抱きしめた。
「そうよ。未来は何も決まっていないのだから、出来るだけ貴女達姉妹に寄り添えるように、わたくしと王妃殿下も力を尽くしますからね。貴女は何も心配しないで、自分の成長に力を尽くしなさい」
強いように見えて、まだ幼い子供なのだ。
ぴんと張り詰めた一本の糸の様なもので、何かの瞬間ふつりと切れてしまいそうなのは、シヴィアも一緒だ。
ルディーシャはシヴィアを抱きしめて、どうか、と神に祈る。
幼いながらに、彼女は既に三人の命をディアドラから救い、守ったのだ。
カッツェ、エルフィア、フローレンス。
なのに、シヴィアが幸せになれないなんて事があって良い訳がない。
今はまだルディーシャも王妃も、シヴィア本人でさえどうしたらよいのかは分からないけれど。
きっと、彼女なら。
成長したシヴィアなら、答えを見つけ出せるだろうとルディーシャは信じる事にした。
書き溜めるまで少し更新がゆっくりになります。
シヴィアの覚悟は揺らがないと思いますが、周囲がどう動くかでまた変わっていくはず。
フローレンスも祖母が嫌い過ぎて、血を残したくないというのは理解出来るし、いずれシヴィアの考えを知る事になります。




