家族の幸福
穏やかな午後のお茶を終え、ルディーシャ王太子妃へと使いの者を出す。
アルシェンの教えてくれた「願い事」をルディーシャに伝える為である。
使いに出した侍女が戻ってきて、シヴィアを伴って王太子妃の部屋に向かえば、そこには王妃も共にいた。
二人ともにこにこと優しく微笑んでいる。
ああ、とシヴィアが心の中でため息を吐いた。
このような祖母と母がいたのなら、シヴィアもフローレンスも幸福になれたに違いない。
例え、どんなに貧しくとも代え難い、家族の幸福。
「お願いがあって罷り越しました」
優雅に淑女の礼を執り、勧められた長椅子へと腰かける。
使いを出す時に、アルシェンが「賭けの代償だと伝えれば分かる」と言い添えていた。
ルディーシャは気まずそうな目を一瞬王妃に向け、そして居住まいを正してシヴィアに向き直る。
「まずは、謝罪をしたいの。シヴィア、貴女の事を誤解してしまっていて申し訳なかったわ。その事でアルシェンと言い争いになったのよ。ですから、何でも思うまま、願いを言って構わないわ」
きりりと眉を吊り上げて、ルディーシャは背筋をぴんと伸ばした。
その横で王妃も、必ず実行させるとばかりに、大きく頷く。
「わたくしも同罪です。知らぬとはいえ……いいえ、知らぬからこそ、偏見の目を向けてはならなかったのです。貴女はあの悪辣な女の居る環境に置かれただけでなく、悪名や偏見まで背負わされてしまった。これからわたくし達は、アルシェンの望んだ通り、それをきちんと糺していく事を約束します」
二人は顔を見合わせて、もう一度シヴィアを見て頷いた。
シヴィアはその様子に、まるで本物の母娘みたいだな、と感想を浮かべて微笑んだ。
「もう十分に、良くして頂いております。……それで、あのお願い事でございますが……」
もじもじと、シヴィアはスカートの上に置いた自分の手を見つめた。
「何かしら?何でも言って頂戴。お城が良いならこのお城以外なら建てますよ」
「あら、大きく出ましたわね。お金持ちだこと」
壮大な願い事を叶えるというルディーシャに素早く王妃が合いの手を入れた。
息もぴったりだ。
シヴィアが口にしやすいように冗談を言っているのだろう。
きっとアルシェンはこの人達に育てられたから、似た様に。
勇気を出して、シヴィアが口にした。
「厚かましいお願いですが……フローレンスに愛情を注いで頂きたいのです」
まさかの願いに、ルディーシャと王妃は固まった。
これは、シヴィアに与えられた願いなのに、と胸が痛くなる。
フローレンスとシヴィアがお互いに向ける愛情深さに、じわりと涙がにじむ。
「嫌だわ、シヴィ。わたくし達の愛がまだ足りていなかったのね?」
「いえ、そういう訳では、あっ……」
ぎゅっとルディーシャに抱きしめられて、その温かさと柔らかさに、安心とぬくもりを感じてシヴィアは大人しく身を任せた。
反対側からはぎゅっと王妃に抱きしめられて、シヴィアは申し訳ないような泣きたいような気持に駆られる。
「貴女にも妹のフローレンスにも、国母として母の一人として愛情を注ぎますよ」
「わたくしもよ、シヴィ、わたくしの可愛い娘達に愛情を注ぐのは、願い事を聞き届けたからじゃないわ。貴女は自分の為の別の願い事を考えないと、駄目ですからね」
唇を引き結んで必死に涙を堪える素振りを見て、王妃はシヴィアの頭を優しく撫でた。
「家族の前で涙を流すのは、当たり前の事よ。はしたなくなどありません」
ぽろり、と紫色の瞳から雫が零れ、白い頬を伝って落ちる。
堰を切ったように流れ出した涙は、シヴィアにも止める事が出来なかった。
ずっと昔、フローレンスを可愛がる母を見ながら、欲しかった温もり。
全く別の、家族でもない人々に与えられて、心が満たされるのをシヴィアは感じた。
温かさや温もりってダイレクトに染みますよね!
電気毛布大好きです…!




