シヴィアの望むこと
午後の授業が終わった後、部屋でお茶を飲みながらシヴィアはアルシェンの提案を聞いていた。
一つ目は突拍子もない事柄で、シヴィアも目を丸くしたのだが。
「母上に何でもひとつ願い事を言うがいい」
「え?何故です?……何でも?」
疑問を口にすれば、満足そうにアルシェンが頷いた。
どこか自慢げなその顔は、アジフを言い負かした時の様な顔だ。
「母上には賭けで勝っている。その条件の1つが君からの頼みごとを聞く事だ」
「殿下の望みは?」
「もう伝えてある」
何だろう?とても気になるわ、とシヴィアは紅茶を口に含みながら嬉しそうなアルシェンを見遣った。
先程の打ちひしがれ具合が嘘の様な塩梅だ。
「分かりました。教えてはくださらないようなので、王太子妃殿下に直接お聞きしますわね」
「ああ、構わん」
聞かれて困る様な事ではないのね、と判断してシヴィアは頷き返した。
一体何を頼んだのか、とても気になるのである。
「もう一つの提案だが、授業の合間に熟考した」
「まあ……器用ですこと」
嫌味ではなく素直な感想だった。
割と高度な勉強をしているので、普通の人間なら他に思考していては身に付かないだろう。
アルシェンはニヤリと嬉しそうに笑んだ。
「今はまだエルフィア殿がいるのもあって、カッツェは領地で暮らしているだろう?」
「ええ、そうですわね。……それに王都には天敵もおりますから」
天敵とは勿論、祖母ディアドラの事である。
彼女は執拗な蛇の様な女性だ。
カッツェが返り咲こうとしているなどとしれば、必ず魔の手を伸ばしてくる。
「天敵はこの城まで来れまい。……そこで提案なのだが、エルフィア殿が亡くなったら……ああ、済まない。こういった不吉な事を口にすべきではないのだが…」
躊躇するように口に手を当てたアルシェンを見て、シヴィアは頷いた。
「いいえ、殿下はその先を見据えておいでなのでしょう?お聞かせくださいませ」
シヴィアの真剣な眼差しに、アルシェンはうむ、と頷いて続けた。
「元々、学園には通わせるつもりだっただろう?だから、偽名で俺の側近に召し上げる事にする。住まいを王城に与えて、武術と勉強も共にする。社交期間が終わったら、三人で領地へと戻り、また王城へ戻ってくるといい。陛下にも相談して、王家の所有する爵位をカッツェには暫定的に与える事にする」
とても良い話に、シヴィアは面食らった。
陛下にまで相談を持ち掛けて、将来の事まできちんと道筋をつけてくれている。
レミントン公爵家の所持する爵位では、何処からかディアドラに知られてしまう危険性も考えての事だろう。
「わたくし達にとっては良いお話ですけれど……」
「なに、私にも利点はある。腹心の部下を得られるのだからな」
俺ではなく私、と言うときは私情ではなく王子の立場で話しているのだろう。
思わずシヴィアは微笑んだ。
「わたくしとの約束をお聞き届け頂いて感謝しております」
「何かで返したいと思うのならば、君が正妃になってくれれば良い。私は存外狡い男なのだから、囲い込もうと思って下心を出しているのだ」
冗談めかして言う言葉が、シヴィアには切なく感じた。
それで良いのならと頷いてしまいたくなるが、アルシェンが望んでいるのはそういう事ではない。
気持ちを縛り付ける事でもなく、ただ、負担に思う必要は無いと言っている。
返そうと思うなら正妃で、などと言って、他を対価に望まないと暗に教えているのだ。
「大丈夫ですわ、殿下。カッツェがきっと働いて返しますから」
「何だ、少しは考える素振りをみせろ。冷たいし、面白みも無いな」
不貞腐れた顔にシヴィアが笑い、アルシェンもまた、笑顔を見せた。
二人の会話を書くのは結構好きです。ちょっと切ない。




