お姉様へのご褒美
「どう?お勉強は捗っているかしら?」
そろそろ休憩を、とヴィバリー夫人も考えていたところに、ひょっこりと王太子妃ルディーシャが顔を出したのである。
「これは、王太子妃殿下」
「ルディ様」
立ち上がって淑女の礼を執ったヴィバリー夫人の後ろで、フローレンスもたどたどしい淑女の礼を執る。
「あら、お邪魔をしてごめんなさいね。今後は挨拶を省略しても宜しくてよ」
困ったように言うルディーシャに、背筋を伸ばしたヴィバリー夫人は毅然と首を横に振った。
「そういう訳には参りません」
「参りません」
倣う様にフローレンスもふんすと首を横に振ったので、思わずルディーシャも侍女達もくすくすと笑った。
真似をされたヴィバリー夫人も優し気に目を和ませて、背を反らしたフローレンスを見遣る。
「ちょうど、休憩を入れようと思っていたところですの。フローレンス嬢はよく頑張っておいででしたよ」
「まあ、それではご褒美をあげなくてはね」
にこにことルディーシャが微笑み、いそいそと侍女と小間使い達がお茶の用意を整える。
美しい茶器一式に菓子の盛り合わせを見て、フローレンスは目をキラキラと輝かせた。
「おやつ!」
「ふふ、そうよ。貴女のおやつよ」
「フローの……わたくしのですか?」
自分の名前を言いかけて、丁寧に言い直したフローレンスはとことこと、長卓へと近づいた。
長椅子に腰かけているルディーシャのスカートをきゅっと掴んで、一心にお菓子を見ているフローレンスに、ルディーシャも思わず抱きしめたくなる気持ちを抑え込む。
「ええ、そうよ。頑張ったご褒美」
「では、先生にもあげていいですか?先生もお勉強を頑張って教えてくれました」
「まあ……」
ルディーシャとヴィバリー夫人は目を見合わせて、微笑み合う。
夫人の目は既に涙ぐんでいた。
スカートを掴んでいた小さな手を離すと、フローレンスは椅子の近くに佇んでいたヴィバリー夫人の手を引いて、王太子妃の向かいの席へと連れて来た。
大人達は目線で許可を得、許可を与え、無言で誘われるまま長椅子に腰を下ろす。
「ルディ様もね、お仕事頑張ったので、一緒に食べましょうね」
幼い子供特有の、少し偉そうな言い方にも心を擽られて、侍女達も小間使い達も思わずくすくすと笑い声を立てた。
ルディーシャも、隣にちょこんと座ったフローレンスの言い分に、大きく頷く。
「嬉しいわ、フロー。わたくしも頑張りましたもの」
「ルディ様はえらいですね」
小さな痛々しい手で、ルディーシャの手を撫でるのを見て、心がちくりと痛む。
青黒い痣は依然として其処此処に、酷い暴力の痕を残している。
けれど同時に、温かくて小さな手が意思を持って動いている奇跡を感じて、心も温まるのだった。
ルディーシャは、ヴィバリー夫人とフローレンスに優しく声をかける。
「さ、お茶に致しましょう」
さくさくと焼き菓子を食べては、紅茶を口に運ぶ。
痛み止めのおかげで、フローレンスは何処も痛いところはない。
焼き菓子も口の中でほろほろと解け、甘さが口いっぱいに広がる。
ヴィバリー夫人とルディーシャは、ヴィバリー夫人の伯爵家の領地の事について話し始めた。
フローレンスには細かい事は分からないが、お城にお勤め出来るくらいの爵位と権威がヴィバリー夫人にはあるのだ。
姉のシヴィアも今のフローレンスと同じ五歳の時期から既に領地の切り盛りを始めていた。
それがどれだけすごい事なのか、改めてフローレンスはシヴィアに尊敬の念を抱く。
地理や歴史もだけど、特産品や天気のことを話していたのも知っている。
だから、時々二人の話にも質問を挟んで聞いてみた。
その傍ら、フローレンスはハンカチの上にクッキーを一つずつ載せ始めたので、ルディーシャとヴィバリー夫人は、あら?と無言で目線を交わして一心不乱に作業しているフローレンスを見守った。
「フローレンス、それはどうするの?」
「美味しかったので、お姉様にあげます!お姉様もお勉強を頑張っていらっしゃるので」
予想していたとはいえ、満面の笑みで言われて、ルディーシャは胸を押さえてため息を吐いた。
本当ならお行儀が悪いし、シヴィアに別に用意させることも出来るのだが、きっとシヴィアはフローレンスから直接受け取った方が嬉しいだろう。
「そう、優しいのね、フローレンス」
「お姉様は喜んでくださるかしら?」
「そうね。きっと喜ぶわね」
ルディーシャは微笑んで、フローレンスの頭を撫でた。
お姉様大好きっ子。




