幼女の策謀、正しき者の手にそれは帰すべき
書類から目を上げた祖父は、穏やかな目をシヴィアに向けた。
「分かっていて聞いたのだな?」
「はい。代理人から税を下げるよう手紙が来ておりましたので、許可を出しました。どうせ豊作だと聞いたお父様が何も考えずに税を上げたのでしょう。備蓄に回して価格を調整した方が結果的には潤った筈です。領民の暮らしも圧迫せずに」
言いながら、シヴィアはドレスの胸部分に入れてあった紙を祖父に渡す。
それを怪訝そうに見て、ハッとして、祖父は眉を顰めた。
「相違ありませんか?」
「………うむ、私の知る限りではな」
そこには、昨日カルシファーに書かせた屋敷内の人事が書かれている。
「お祖父様はカッツェの状況を知っておられますか?犬と言われて虐げられていることを」
「何だそれは……!」
怒りの表情をカルシファーに向けるが、カルシファーは視線を落として頭を下げる。
普段は祖母の遣わした侍女がいるので、報告すらままならないのだろう。
「相談がございます、お祖父様。わたくしを後継者に指名してくださいませ」
な、と言葉を詰まらせてエルフィアはシヴィアをまじまじと見詰める。
幼くして優秀だが、蛇の様に狡猾なディアドラと同じ色を纏った少女だ。
信用できるかといえば、出来ない。
「信用して頂けないのは分かっております。ですから、こうしてくださいませ。後継者を指名する書簡を二つに分けるのです。一枚目はわたくしを後継者にするという書簡。二枚目は成人したらカッツェを後継にするという書簡。この二枚を合わせて陛下に認可して頂くのです。勿論、カッツェが何らかの事情で継げない場合は、王家に返上する旨を書いて頂いて構いません」
「な、ぜ……」
「権力を持つべきでない人々もおります。わたくしと変わらない年齢の従兄が虐げられるのを見たら、許せませんでした。彼に関してもわたくしの従僕にするようお取り計らいください。虐待の痕跡が消え次第、領地で必要な教育を受けさせましょう」
エルフィアは、わなわなと震える手で、小さな幼い手を握った。
自分の不始末が、小さい孫たちを苦しめて居ることを、心に抱えながら。
「お辛いでしょうけれど、国王陛下に謁見される際はわたくしの事も連れて行ってくださいませ。わたくしから王子殿下にお願いしたい事がございます。……その、王子殿下が賢明な御方なのでしたら、ですけれど」
「……ふ、ふふ、そうか。評判は悪くない。神童と呼ばれているようだし、悪い噂も流れて来ない。少し奔放な所もあるようだが、婚約者の座でも望むか?」
冷たい視線を受けて、シヴィアは微笑んだ。
「いいえ。カッツェの事をお願いします。派閥とは無縁の王子だけの部下になり得る人材です。賢い御方なればどれだけ貴重かお分かりになる事でしょう」
「……分かった。近日中に書類は用意して、陛下にも面会を求めよう。王子殿下とも言葉を交わせるように取り計らう」
「はい。よろしくお願いいたします、お祖父様」
会話が終わった頃に、扉がノックされる。
だが、返事をする前に侍女が部屋に立ち入ってきた。
「お茶をお持ち致しました」
「あら、礼儀がなっていないのね」
すかさずシヴィアが冷たい視線を向けた。
「え、でも、あの、大奥様の……」
「そんな事を言っているのではないわ。主人の返事を待たずに部屋に立ち入るとは何事です。それ程の急用なのですか?それが」
お茶のワゴンを見て言えば、侍女は顔色を悪くして助けを求めるようにカルシファーを見た。
だが、カルシファーは冷たい目をちらりと向けて、小さな主人に頭を下げる。
「躾が行き届いておりませんでした。申し訳ございません」
「謝って済む問題ではなくてよ。公爵家の使用人がこの程度だと他家に知られれば侮られます。もっと優秀な侍女に差し替えなさい」
「畏まりました」
カルシファーは笑みそうになる口元を引き締めて、しっかりと頭を下げる。
後ろではエルフィアも笑いを誤魔化すように咳をした。
「あら大変。お祖父様を休ませて差し上げなくては。お茶は要らないわ。下げて頂戴。ルハリ、お部屋に戻ります。荷物を持ってきて」
「はいお嬢様」
「ではお祖父さま、明日また参ります」
くるくると手早く動くシヴィアの頭を、エルフィアはしっかりと撫でた。
「うむ。楽しみにしている」
書状を分けたのは婆が書面を見たいと言った時の為の措置です。
婆の手駒の追い出し成功!
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