謝罪
「お祖母様にご挨拶に向かうと伝えて頂戴」
小間使いの一人を呼び止めて、伝言を頼むと、会釈をして小間使いはディアドラの部屋へと向かう。
迎えに出たカルシファーに、シヴィアは手早く状況を説明した。
「フローレンスの荷物とわたくしの荷物をまとめて、荷造りさせて頂戴。荷物は馬車に積んでおいて。お祖母様とお母様にご挨拶したら王城へ向かうわ」
事情を察したように、カルシファーの顔色が悪くなる。
でも、彼ら使用人にとっては特に悪い話ではない。
レミントン家にとっても。
安心させる様にシヴィアは微笑んだ。
「領地に行くまでの間、お世話になるだけよ。だからって、貴方達を解雇したりはしないわ。領地から連れて来たわたくしの侍女は三人とも連れて行きます。彼女達にも用意をするように、伝えてね」
「畏まりました」
ぺこりと敬礼すると、カルシファーは指示を出すために階下へと急いだ。
その間にディアドラの元に向かわせた小間使いが戻ってくる。
「大奥様がお会いになるそうです」
「今行くわ」
フローレンスを見れば、無言のままこくり、と頷くので、シヴィアはそのベールをまくり上げて頭の上に載せた。
相変わらず酷い色だが、顔の腫れは良くなっている。
シヴィアはぎゅっと手を握って、ディアドラの部屋へと向かった。
部屋に入る前に、付いてきた小間使いにもう一つ指示を出す。
「この後お母様にも挨拶に伺うから、伝えておいて頂戴ね」
「畏まりました」
部屋の前で一度足を止め、ノックをする。
「お入りなさい」
返事があって、侍女のイゾルデが扉を開け、シヴィアは扉の中にフローレンスと入った。
ディアドラは、ちら、とフローレンスに目を留めたが、それだけで。
シヴィアに向けて穏やかに微笑んだ。
「ご挨拶に参りました、お祖母様。フローレンスが此度コーブス伯爵家で問題を起こした事を、謝罪致します」
「まあ、貴女が謝る事ではないのに。でも、ええ、謝罪は受け取りますわ。コーブス伯爵夫妻も、治療費だけと仰っていたので、何か贈ろうと思うの。何が良いかしら?」
まるで何事も無かったかのように楽しそうに言うディアドラを見て、シヴィアは怒りと失望を覚える。
このフローレンスの顔を見ても何も思わないのだ。
それはまるで、カッツェで見慣れていたかのように。
いえ、もしかしたら、使用人や他にも被害者がいてもおかしくない。
敵意が顔に出ないように気を付け乍ら、シヴィアは穏やかな顔で頷く。
「コーブス伯爵家への贈り物は、わたくしの方で見繕いますのでお気遣いだけ頂きとう存じます。それと、フローレンスからも謝罪を」
傍らのフローレンスを見れば、シヴィアを一度見上げて頷いてから、ディアドラに向かって言った。
「この度は家名に泥を塗り、貶めた事を謝罪致します。二度と過ちは繰り返さないよう気を付けます」
小さく膝を折って言うフローレンスを、何の感情も籠らない石のような目で見てから、貼り付けた様に笑みを浮かべる。
「まあ、見違えたこと。お姉様が優秀だからかしらね?いいでしょう。謝罪を受け入れます。ただし、何度も許されるとは思わない事ね」
「はい、お祖母様」
用事は済んだ、とばかりに上機嫌な笑みを向けたディアドラに、シヴィアは告げた。
「お祖母様も、フローレンスにこのような怪我を負わせた謝罪の言葉をくださいませ。この子はわたくしにとって大事な妹です。このような傷を付ける事は、何人たりとも許しません」
毅然とした冷たい目を見て、ディアドラは表情を凍らせた。
エルフィアが怒りを見せた時ですら、ここまで恐ろしく思う事は無かったのだ。
目の前のシヴィアは、公爵家の権力に併せて王室の後ろ盾もある。
更に、エルフィアの冷徹さや有能さだけでなく、間違いなくディアドラの狡猾さと残忍さも持っているのだ。
「……申し訳ない事をしたわ、フローレンス。でも、貴女の為を思ってやったのよ。分かって頂戴ね」
「……はい、お祖母様。立派な淑女になって、いつかご恩返しを致します」
にっこりと浮かべた笑顔に、ディアドラはまたも戦慄した。
シヴィアは確かに才能と権力を持っているが、ディアドラに対して敵意は見せていない。
だが、目の前の小さな悪魔は、明らかに憎悪を滾らせている。
怒っているけど殺そうとはしてないシヴィアと、憎悪というか殺意漲るフローレンスでした!




