実家との別離
「有難いお申し出ではございます。家を離れなくてはいけない用事も無い訳ではございませんので、フローレンスを連れ歩かねばなりません…それに、祖母が敵と見做した者に何をするかは分かっておりますから」
沈んだ顔で言うシヴィアを見れば、ハッと王妃も王太子妃も姿勢を正した。
お互い見交わした顔には、シヴィアを疑った事への申し訳なさが滲んでいる。
幾ら才媛と褒められていても、シヴィアもまた幼い少女なのだ。
もう既に母親の役をこなし、王妃顔負けの働きをしたところで、甘えられない環境に置かれているのは心が痛む。
それに、状況が果てしなく悪い。
幾ら食べ物や衣服に困らなくても、命を狙う危険な者が身近にいるのだ。
本来ならば守ってくれる筈の存在ならば、猶更惨い。
「貴女も、ここでなら安心して勉学に励めると思うのよ。勿論フローレンスにも一流の教師を用意するし、手厚く扱います。今日も我儘なんて言わなかったけれど、甘やかすような事もしないと誓うわ」
でも、と王妃が王太子妃の言葉に続けて言った。
「貴女はもう少し甘える事も必要ね。状況がそれを許さなかったのでしょうけれど、わたくし達から見れば、貴女もほんの子供なのだから。甘えられる場所では甘えなさい」
優しく頭を撫でられて、シヴィアは、あ、と声を漏らした。
ぱたぱたと音を立てて、頬を伝った涙が膝に落ちる。
ずっと、あの酷いカッツェの姿を見た日からずっと、頑張ってきた。
本当はその前からずっと、甘える事は許されない環境で。
誰もシヴィアを甘えさせてなどくれなかったのだ。
まあ、と悲しそうな声で王妃がぎゅっとシヴィアを抱きしめた。
うう、と声が漏れて、ふくよかな胸に泣き崩れる。
だがそこに、とたたたっと小さな足音が近づいてきた。
「お姉様をいじめないで!」
誰から守る心算なのか、抱きしめる王妃と抱きしめられて泣いていたシヴィアの前に、フローレンスが両手を広げて仁王立ちしている。
その小さな背中を、シヴィアは後ろから抱きしめた。
「大丈夫よ、フローレンス。虐められて泣いていたのではないの。お姉様を守ってくれてありがとう」
「……大丈夫?お姉様、痛いとこ、ある?」
「ないわ、フローレンス」
手を離して、向かい合うとフローレンスとシヴィアはお互いを抱きしめ合った。
自分の方が大怪我をして、痛いのに、心配をするフローレンスが悲しかった。
姉妹の愛情深いやり取りを見て、王妃も王太子妃も、涙を禁じえない。
「嫌ですわほんと、歳を取ると涙脆くなって」
王妃が言えば、王太子妃が言い返す。
「嫌だわ、お義母様。年齢は関係ありませんことよ」
一緒の年齢に数えられたくない、と言っているようで、思わずシヴィアはふふっと笑った。
それを見たアルシェンが不貞腐れる。
「あーあ、シヴィを甘やかすのは俺の仕事の筈だった」
「ま、いつの間にかやんちゃな言葉遣いをするようになって。好きな子の前だからって」
無神経な母親の突っ込みに、アルシェンは眉間に皺を寄せて睨む。
そのやり取りが微笑ましくて、シヴィアはまた笑った。
「では、屋敷で用意をして参れ。護衛の騎士と侍女を同行させよう」
「はい、陛下。フローレンス、お母様とお祖母様に挨拶をしに参りましょうね」
「……はい、お姉様」
素直に頷いたフローレンスは、周囲の人達を改めて見回した。
そして、姉のシヴィアに手を引かれて屋敷に戻って行く。
帰りの馬車で、フローレンスはシヴィアに問いかけた。
「陛下って、国王様のこと?」
「ええ、そうよ。これから貴女とわたくしは王宮に住まいを頂くの」
「えっ?お姉様は結婚なさるの?」
フローレンスの問いに、ふふ、とシヴィアは笑って首を振る。
「違うわ。貴女とわたくしの心配をして王妃殿下と王太子妃殿下が、離宮に招いて下さったのよ」
「お祖母様のいないところ?」
「ええ、そう。……でも、昨日お話した通り、謝罪と挨拶はしなくてはね」
シヴィアが困ったように言えば、フローレンスはにこっと笑って頷いた。
「はい。お姉様の仰る通りにします」
シヴィアとフローレンスを乗せた馬車は、公爵邸へと着けられて、二人は挨拶をする為に祖母の部屋に向かったのだった。
王家は未来の側近を招いて王子と一緒に教育するという名目で受け入れているので、養女にする訳ではないです(扱いは養女と言われても遜色ないけど)また、基本的に社交期間以外は領地で、社交期間は王都で、という通常の貴族と同じ感じで過ごします。
悪女対決は裏ではちょこちょこあるのですが、直接対決はフローレンスが育ってから。




