祖父との対面
朝食後に約束通り、家令のカルシファーが迎えに来た。
信頼できる者よりも、自分が付いて行った方が安心だという事だろう。
「大奥様も、一緒に伺うそうです」
「……そう、仕方ないわ。行きましょう」
談話室で待ち構えているというディアドラを迎えに行くと、小さな妹のフローレンスがとことこと歩いてきて足に抱きつく。
「おねぇしゃま、何処に行くの」
「お祖父さまの所よ」
「一緒に行く!」
金色の柔らかい髪を撫でながら、シヴィアは優しくフローレンスに微笑んだ。
「あら、難しいお仕事の話をするのよ?貴女はお母様と美味しいお菓子を食べて待っていて」
「……お菓子」
指を銜えて背後の母を見れば、優しく微笑んでいる母の元へとよちよち去って行く。
母もわざわざ難しい話を聞きに、苦手な祖母と一緒に来る事は無いだろう。
でも。
祖母が来るならば、父も必要だ。
「お父様も一緒に参りましょう?」
無邪気に見える笑顔を向ければ、父もうむ、と笑顔で頷いた。
「父上に会うのは久しぶりだな」
祖母は大好きな父が行けば、共に行動をするだろう。
父が退出すれば、きっと付いて行く。
そしてシヴィアは父が何を苦手とするのか、十分心得ていた。
失敗したとしても、蛇の様に狡猾なディアドラの気が緩めばいつかは祖父とだけ話をする事が出来る。
「父上、お久しぶりです」
寝台の上に枕を積み上げて、寄りかかって座っている祖父に、嬉しそうにディーンは話しかけた。
「ああ、久しいな」
たったそれだけ。
一瞥しただけで、祖父は手元の書類に目を落とした。
ディーンは苦い顔で、ディアドラを見る。
ムッと眉を吊り上げたディアドラは、そんな祖父に冷たく言い放った。
「また同じ屋根の下暮らす事になった息子が、挨拶をしているというのに、何ですの、その態度は!」
大きな声で言うが、シヴィアは思わず軽蔑の眼差しを向けそうになって慌てて視線を床に落とした。
妻であり、身分の低い女性が、公爵を怒鳴るという事の方が態度として問題がある。
祖父も冷たい態度は崩さなかった。
「一緒に住まう事を決めたのはお前達で、私が呼んだわけではない」
「ですが、貴方も身体が弱っているのです、後継者の指名を急いで頂かないと、もしもの時に混乱致しますよ!」
それは、病人を治す気がないような言葉で、まるで死を願っているような。
シヴィアは遠慮がちに、その会話に割り込んだ。
「お祖母様、お祖父様を怒鳴らないで差し上げて。ご病気なのに、お可哀想です」
「……ま、まあ、そう、そうね……シヴィアは何て優しい子なのかしら」
自分の姿がどう映るか、シヴィアに指摘されて初めてディアドラは我に返ったのである。
今までは同席しても使用人、そして息子だったから何も言われずに居たのだ。
この言葉を言ったのがリアーヌだったら、それはそれで後できつく絞られたに違いない。
でも瞬時にシヴィアを売り込んだ方がいい、と計算出来るくらいにはディアドラは賢しかった。
「お祖父様、お久しゅうございます。シヴィアにございます」
「ああ、久しいな。……もう5歳になったか」
「はい。最近、領地のお勉強を始めたばかりで、分からない事がございまして」
目線を家令に移せば、カルシファーが持ってくれていた資料を近くの小卓に置いてくれたので、その中から書類を取り出して、祖父の膝に載せる。
「こちらの収益の推移についてなのですが、天候にも問題はなかったようなのですが、何故収益が下がっているのでしょうか。前年度の収益が多かった分差がついているように見えますが。虫害や作物の病気などは無かったと報告を受けております」
幼いシヴィアの質問に、祖父のエルフィアは厳しい目を書類に落とす。
「お父様はどう思われますか?」
沈思する祖父を他所に父のディーンに首を傾げて可愛らしく問えば、明らかに焦った表情を浮かべる。
「いや、どうだろう……代理人に聞かないと詳細が分からないな……」
もごもごと言うディーンを見て、ディアドラも眉を顰める。
孫娘が優秀なのは良かったが、息子がいい加減なのはディアドラも理解していた。
「もしかして、豊作の年に税金を上げた反動でしょうか?ねえ、お父様」
「ん、むむ。そういう事もあったかもしれんが、良く分からん。……そ、そうだ、用事を思い出した!私はこれで失礼するよ」
視線を挙動不審に動かして、父はあたふたと部屋を後にして、厳しい祖父の顔と頼りない父の背中を見比べてから祖母もその背中を追っていく。
父と祖母の追い出しに成功。