姉の教える処世術
翌日、フローレンスの具合が良くなってきた事で、シヴィアは改めて話をする事にした。
「フローレンス、明日、お見送りに行くでしょう?」
「はい、行きます」
こくん、と頷いて、フローレンスは目を輝かせた。
午前中に届いたアルシェンからの手紙には、王城の一室から海を見渡せる露台があるので、提供すると書かれていた。
扉の前に護衛を置いて、誰も立ち入れないようにしてくれる。
完全なシヴィアの我儘なので、何かお礼をしないと、と考えてはいたが、贈り物はまだ決めていない。
でも今は、フローレンスと話す事が先決だった。
「お見送りの後、帰ってきたらお祖母様と話しに行きます。フローレンスもお祖母様に謝罪しなければなりません」
「……沢山ぶたれたのは、わたくしなのに?」
その言葉は予想していたが、痛々しい顔で言われれば、頭を横に振りたくなる。
だが、シヴィアは頷いた。
「それでもです。貴女はお茶会でしてはならない事をして、家名に泥を塗ったのです。その事は公爵夫人であるお祖母様に謝罪しなくてはならないの」
「……分かりました。お姉様が、そう仰るのなら……」
涙を溜め乍ら、小さな手でスカートをぎゅっと握りしめる姿に、シヴィアも思わず涙腺が緩む。
「でも、貴女が問題を起こしたからと言って、こんな暴力は許されないのですから、お祖母様にも謝罪して頂きます。たとえ許せなくても、謝罪は受け取りなさい」
「……はい、お姉様。……ごめんなさい、お姉様。フローレンスは悪い子でした……」
「いいのよ。わたくしがきちんと、指導するべきでした。あなただけの罪ではないの。わたくしも悪かったのよ」
優しく頭を撫でれば、胸に飛び込んできてくすんくすんと小さく泣いている。
シヴィアは幼い妹を抱きしめた。
「良くて?フローレンス。社交の時には悪意も好意も素直に受け止めてはいけないの。相手の考えを推測して、何と答えれば良いのか考えて。気の置けない友人が出来たら、本音でお話しするのもいいわ。わたくしにもね」
「……はい。でも、嫌な事を言われたらどうすればいいの?」
大きな青い瞳を覗き込んで、シヴィアは微笑む。
「例えばどんな事かしら」
「……ええと……嫌い!とか……」
フローレンスが視線を巡らせながら考えて答える。
シヴィアは一つ頷いた。
「例えば、その言葉にも色々な意味があると思うの。フローレンスの事を好きな子がそれを言ったのだとしたら、フローレンスに話を聞いてほしくて言っているかもしれないでしょう?」
「でも、何てお返事するの?お姉様だったら?」
まだ涙の乾いていない目で見上げるフローレンスの頬を優しくシヴィアは指で拭った。
「わたくしは好きよ、とお返事するわ。そうすればきっと、何故そんな事を言ったか話してくれると思うの」
「じゃあ、嫌いな人だったら?」
「悲しいわって伝えるわね。たとえ自分も嫌いな相手で、嫌い合っていたとしても、言われた言葉に傷ついていると言えば、周囲の人はどう思うかしら?」
うーん、とフローレンスは考えてから言った。
「かわいそう、って思うわ」
「じゃあもし、私も嫌いって怒鳴っていたら?」
「喧嘩してるのねって思う」
シヴィアはじっとフローレンスの目を見て頷く。
「どちらの方が印象がいいか、と言われたらどちらか分かるわね?」
「はい。お姉様。声を荒げたり、暴力を振るったら、周りの人は怖いって思う」
「良くできたわね、フローレンス」
ふわりと優しく抱きしめて、フローレンスの背中を撫でれば、フローレンスはうっとりと微笑んだ。
「だからお祖母様は嫌われてしまったのね」
「……そうね」
「気を付けます、お姉様」
胸に顔を寄せてそう言ったフローレンスは穏やかな顔をしていて、シヴィアは安心して頷いた。
もっと早くに教えていれば、と思うが、時間は戻せない。
少しずつでも、身を守る方法を教えて行ければ、と小さな身体をぎゅっと抱きしめる。
「相手の言葉には何を思っているのか考え、自分の言葉は相手にどう受け取られるかを、きちんと考えてお話すれば大丈夫よ」
「はい、お姉様」
すり、と頬をすりよせるフローレンスをシヴィアは眠るまで抱きしめ続けた。
シヴィアがきちんと教育をするので、ある意味完璧な悪女へ。
とはいえ、理不尽に誰かを虐める訳ではないので悪女とは言い切れないかもしれない。




