母と息子、そして邪魔者
ディーンは迷っていた。
いや、状況からすれば迷う事は許されないのだが、それでも母、ディアドラは怖い。
殆どその恐ろしい矛先は自分へ向けられたことは無かったが、それは偏にディーンが後継だからだ。
自分の息子だから、という愛情もなくはないだろう。
だが、公爵夫人でいる為の繋がりだというのは大きい。
ディアドラは確かに恐ろしいが、それ以上に怒らせたくないのは娘のシヴィアだ。
幼い頃から、娘は優秀だった。
天才と言われればそうかもしれない。
優秀な家庭教師をつければ、地に水が染み渡るかのように知識を吸収して、礼儀作法は元より多言語を習得して、読書の幅を広げた。
更に、算術を修めて、領地の運営にも携わるようになったのだ。
お陰で、公爵位は無事、病身の父から娘へと譲渡された。
全ては順風満帆。
だったはずなのに。
廊下をノロノロと歩きながら、母の部屋の扉をノックする。
「入りなさい」
声を聴いてから部屋に入れば、ディアドラは警戒するような目を向けた。
はぁ、面倒くさいなぁ。
ディーンはため息を大きく一つ吐いてから、困ったようにディアドラを見つめる。
「母上、あれはやり過ぎだ」
「何のことです?」
分かっている癖に、ツンと横を向いて澄ましているディアドラに、ディーンは扉の横の壁に寄りかかりながら続けた。
「お分かりでしょう。フローレンスの事ですよ。私の子供を殺す気なのですか」
「まっ、あの位では死にません。現に生きているでしょう」
「瀕死の状態でね。シヴィアは怒っていますよ」
だからきた、と言わんばかりにディーンは言う。
公爵位を譲られ、王家とも懇意にしているシヴィアがいなくなったら、困るのは自分達だ。
実務を取り仕切れる知識と才能を持っているのも、シヴィアなのだから。
彼女が居なくなることも、仕事を放棄されることも、どちらをされても困る。
「……そう。…それはやり過ぎたわね」
珍しく、横暴な母親が自分の非を認めた事に、ディーンは驚きを隠せなかった。
一応、自分の状況は理解できるだけの冷静さはあるようだ。
「いいですか。機嫌を損ねられたら困ります。あといくら何でも貴女の手で娘が殺されたなんて事になったら、醜聞どころの話じゃなく、捕まります。あの事だってあるのですから」
「お黙り!もう分かったわ。シヴィアにはきちんと対応します。もう出てお行き」
「分かったよ」
溜息を吐いて、ディーンはのろのろと身体を起こして、退出して行く。
反対側の壁際には侍女と小間使いが並んでいるが、皆目を伏せて立っている。
イゾルデだけが、公爵夫人の冷めたお茶を取り換える為に、小さな卓に近づいた。
「本当に次から次へと面倒なこと」
呟いてため息を吐くディアドラに、好みの紅茶を好みの温度に仕上げて目の前に置いて、茶器を片付ける。
イゾルデはディーンの言葉が気になっていた。
「あの事もある」とはどういう意味なのか。
公爵の毒殺未遂か、それとも異母兄夫妻の事故に見せかけた殺人か、その他にまだ罪があるのかもしれないし、分からない。
だが、何らかの不祥事に、彼も関わっているのだろう可能性は高まった。
「イゾルデ」
「……はい、大奥様」
思考の最中に声をかけられて、イゾルデは危うく反応を返してしまうところだった。
返事をしたイゾルデを見て、苦々しい顔でディアドラが問いかける。
「貴女、シヴィアに呼ばれたのですって?何を話したの」
「特に何も聞かれませんでしたので、フローレンスお嬢様をお守りできなかった事だけ謝罪致しました。シヴィアお嬢様からは、お咎めも無く。……ただ、大奥様には近々シヴィア様よりお話があるかと存じます」
「……そう。下がっていいわ」
やはり、殺すなら事故にしなければいけないし、中途半端な暴力はふるうべきではなかった、とディアドラは後悔した。
それに、未だに決めかねている。
フローレンスという邪魔な娘の存在をどうするか、を。
シヴィア←自慢の孫ちゃん 大事
カッツェ←目障りだけど、脱落したからもういいわ
フローレンス←邪魔
ディーン←無能だけど可愛い
リアーヌ←どうでもいい
ディアドラお婆ちゃんはこんな感じ。




