母は怪物から逃げ惑う
久しぶりのお茶会の招待に、リアーヌの気持ちは沈み切っていた。
同じ伯爵家の家門からの誘いの大きな理由はシヴィアだというのは分かっている。
将来の王妃かもしれず、最低でも女公爵になる優秀な娘。
王城への登城許可証を幼いながら与えられ、第一王子のご学友となっているのは周知の事実だ。
シヴィアと親しくなれば、彼女を介して王子とも親しくなれるかもしれない。
今すぐにはなれなくても、ただ仲良くなるだけでも恩恵は計り知れない。
母であり伯爵夫人でもあるリアーヌは付属品だ。
妹のフローレンスに至っては、更に付録の付録、だろう。
それでもドレスは新調せねばならず、顔を合わせたくないフローレンスと仕立て屋とで新しいドレスを仕立てる。
無難な装いを選び、晩餐用のドレスも幾つか仕立てた。
シヴィアも誘ったが、自分で用意できるので、と断られてしまっている。
お茶会も、勉強を優先させたいと断られてしまった。
「行きたくないわ………」
ぽつりと呟くが、夫のディーンも同意はしてくれないだろう。
社交は貴族を夫に持つ妻の仕事である。
最近、フローレンスが恐ろしくてなるべく顔を合わせないようにしていたのだが、どんどんディアドラの様に敵意をもって見てくるようになっていた。
「フローが王子殿下とお勉強できないのは、お母様のせいよ!」
そう言って本をぶつけられさえ、した。
何故、そんな事を言われなくてはならないのかも分からないまま、リアーヌは逃げ出してしまったのだ。
確かに、勉強しなくてもかまわないと思っていた。
どうせ伯爵家だって優秀な姉が継ぐのだし、学園に入る前に覚えるのはこの国の言語と礼儀作法だけでいい、と。
それは夫で現伯爵のディーンも同じ考えで、同じ事を言っていたのだ。
シヴィアだけは早々に子供でいる事を諦めて、早すぎる自立をしていただけ。
わたくしは、何も悪くない……。
シヴィアを欠いたまま、フローレンスとリアーヌはコーブス伯爵家の茶会に招かれていた。
伯爵家としては権力のある方で、屋敷も庭もそこそこ広い。
春の庭は花が咲き乱れていた。
「ようこそお出でくださいました。シヴィア嬢はやはりお忙しいのですわね」
「ええ、殿下が優秀だからと負けぬよう王城に通っていると申しておりましたわ」
ほほほ、と笑顔を交わしながら、茶会の席へと向かう。
夫人達の席の近くには子供達の食卓も設えられて、小さな紳士と淑女がお行儀よく椅子に座っている。
「初めまして、皆様。フローレンス・リナ・レミントンと申します」
可愛らしく小首を傾げて、スカートを広げて膝を折る淑女の礼は、お稽古でも何とか合格点を貰ったフローレンス。
愛らしいその姿に、令息達は期待を込めて目を輝かせた。
だが、その後起こる惨事を誰が予想しただろうか。
後々まで語り継がれるお茶会の幕が、静かに上がったのである。
イヴなのに!全然聖なる話でもほのぼのでもないっ!メリクリひよこ!




