復讐の為の礎
ある日の事、いつも通り王城に通って図書室から本を借りた後で、シヴィアは中庭に面した吹き抜けの廊下を歩いていた。
その柱の陰で泣いている使用人がいる。
通り過ぎても良いのだが、ここは来客が通りかからないとも限らない場所で。
少しため息を吐いて、シヴィアは声をかけた。
「どうなさって?」
「……すみません、あの……耳飾りを落としてしまったようで、幾ら探しても見つからないのです……」
王宮の使用人は暇なのかしら?
思わず疑問が頭を駆け巡るが、それはさておきシヴィアは廊下を見渡して問いかける。
「貴方はどちらから歩いてきたの」
「えっ?」
驚いた使用人は、おずおずとシヴィアの来た方を掌を上にして指し示した。
「あちらから、です」
「耳飾りというからには、耳に付けていたのよね?右耳?左耳?」
目をきょろきょろと動かして、使用人はもぞもぞと答えた。
「右です」
「……そう。では庭の方に落ちたのかしらね。耳飾りの大きさはどれ位?」
「ああっ、ありました!」
庭の方に慌てて蹲った侍女が、掌の上に耳飾りを載せてしゃがんだまま見せて来て、思わずシヴィアは笑ってしまった。
明らかに態度もおかしいし、これは仕組まれたものだと分かったのだ。
下手な嘘が付けない女性なのか、それも演技なのかは分からないが、嘘だと見抜かれると見越して寄越したのだろう。
単なる人選の間違いという可能性も捨てきれないけれど。
「ねえ、貴女、お名前は?」
「ダーリャと申します」
「では、貴女の主人に伝えて頂戴。無駄な手間をかけずにわたくしの事が知りたいのであれば、わたくしと直接話す様にと。ご自分の目と耳が信用できないのなら、高位貴族として生き抜くのは難しくてよ」
え、あ、と侍女は顔色を悪くして顔を伏せる。
シヴィアは蹲ったままのダーリャの肩を優しく撫でた。
「あら、ダーリャ、貴女を責めているのではないの。でもね、わたくしは何もお城に遊びに来ているのではない事も伝えて頂けるかしら?わたくしには守りたい人がいて、その人の為に学ばねばならないの。一分一秒も無駄に過ごしたくはないの。必ずお伝えしてね?」
「はい、畏まりました……」
立ち上がったダーリャの深いお辞儀を受け取って、シヴィアは美しい淑女の礼を執ってから歩き去る。
今更、誰かに試されたとて腹が立ったりはしない。
ディアドラが残した爪痕が其処此処に残っているのだし、身内の不始末でもある。
偏見の目で見られるのだって仕方がない。
でも、その目を曇らせたままきちんと見ない人間は、相手にするだけ無駄なのだ。
どれだけ傷つけられたかしれないカッツェでさえ、きちんとシヴィアとディアドラは別の人間だと認識出来るのだから。
そうやって、傷つけられた人達はいずれ味方になるだろう。
まだ明かせない、復讐の為の礎になる。
既にディアドラは少なくとも、二人の人間を手にかけているのだから。
三人目は自分の夫である、公爵で。
彼もあと何年生きられるか分からない。
半年経てば、また領地に帰れる。
その時まで祖父には生きて居て欲しい、とシヴィアは祈るしかなかった。




