未来を閉ざすのは
「ただいま戻りました」
すらりと成長したシヴィアは、美しい所作で淑女の礼を執る。
ディアドラやディーン、リアーヌから見てもそれはとても美しいと分かるほどに。
「まあま、すっかり美しくなって。シヴィア、領地で王子殿下とダンスをしたというのは本当なの?」
「ええ、お祖母様、殿下が王都に戻る様に言われたので、戻って参りましたの。近々登城して、ご挨拶して参りますわ」
その答えを聞くと、まああ、とディアドラは喜色満面でディーンと顔を見合わせた。
「そうかそうか、王子に見初められるとは!」
「嫌ですわ、お父様。わたくしは公爵家を継いで女公爵となるのですもの。殿下のお相手ではございませんでしょう」
きっぱりと否定すると、ディーンは眉尻を下げて情けない笑顔を見せる。
「そうなったら、何も無理してお前が継がなくてもいい。フローレンスに優秀な婿を与えて、継がせればいいのだ。お前は器量も賢さも王族に相応しいだろう」
「ええ、ええそうですとも。わたくしのシヴィア。貴女は王妃になれる器なのだから、自分で未来を閉ざしては駄目よ」
褒め称えられながら、シヴィアは冷めた気持ちのまま淑女の笑みを浮かべた。
自分で未来を閉ざすなという言葉、祖父のエルフィアはシヴィアの幸せの為にそう言ってくれた。
でも祖母のディアドラは、違う。
王妃の外戚の地位に目が眩んでいるのだ。
でも、改革をするにはちょうどいい、とシヴィアは後ろを振り返る。
「いらっしゃい」
呼び寄せた侍女達が、礼儀正しくシヴィアの後ろに立ち並ぶ。
「この者達は領地で育てたわたくしの侍女達ですの。この屋敷の使用人達の教育をさせて頂きますわ。他にも礼儀作法の教師を呼ぶことも、邸内の改装もお許しくださいませ」
「何だ、そんなこと。お前の好きにしたらいい」
ディーンは両手を広げて嬉しそうに頷く。
全く蚊帳の外のリアーヌは顔を引きつらせたが、ディアドラも反論はないようだった。
「ええ、そうね。貴方の好きにして良いのよ」
「ありがとう存じます。お父様、お祖母様。……それと、家庭教師を雇う事になるのですけれど、フローレンスの教育もせねばなりませんわ。もしかしたら、公爵位を継がせることになるかもしれませんもの。有能な夫が居ても、妻もそれなりに優秀でないと笑い者にされてしまいます」
「うむ、うむ。その手配もお前の好きにしていいよ」
「ええ、そうね。でも、まずは自分の事を第一になさい。貴女は誰よりも素晴らしい女性にならなくてはね」
「はい、お父様、お祖母様。それでは部屋に戻って休ませて頂きます」
最後までお母様と呼ばれないまま、腰に抱きついたフローレンスを抱きしめて、リアーヌはシヴィアを見送った。
会話にさえ入れなかったのだから仕方ない。
仕方ないけれど、シヴィアなら声をかけることだって出来たはずだ。
そう責める気持ちが起きると、思い出す。
絵本を持って、読んで貰いたいとじっと見ていたシヴィアの姿を。
フローレンスを乳母に任せて、シヴィアとの時間も作れば良かったのに、出来なかった。
今日だって義母が言っていたのだ。
わたくしのシヴィア。
孫だから間違いではないけれど、私の娘なのに。
「お母さま、私も勉強しないと駄目なの?」
「そうね」
可愛らしくふわふわの金髪を揺らしながら、もう一人の愛しい娘が問いかけて来て、リアーヌは笑顔で頷く。
あの子はこの年にはもう、領地経営の勉強を始めていたわね、と思い出す。
リアーヌに構って貰えないと察したシヴィアは、乳母でなく家庭教師をやとって勉強を始めたのだ。
それをリアーヌは当てつけのように感じていた。
何事もやった方は忘れがちですよね。




