(承)
「すいません。ちょっと風邪を引いてて、熱があるので学校を休ませて下さい。 …………はい、病院には行こうと思ってます」
僕は携帯電話閉じると、カバンに『ロウソク』『マッチ』『呪文が書かれた紙切れ』を入れ、自転車の鍵を勉強机の上から掴み取った。
吉村 莉子さんを亡くならせてしまったのは僕の責任だ。 僕があの時、警備員を押し倒してでも助けに行っていれば、吉村 莉子さんは助かっていたのかもしれない。
だから絶対に、これ以上犠牲者を出さない為にも、もう一度あの病院へ行って手がかりを見つけ、退治する。
それがせめてもの償いだ。
今にも雨が降りそうな鉛色の空を遠くに見つめながら、輝摂総合病院の駐輪場に自転車を止めた僕は、産婦人科の入院病棟へと向かった。
昨日の閑散とした雰囲気とは違い、制服警官、意気消沈し掛けている看護士や先生で、異様な雰囲気が漂っていた。
恐る恐る「772号室」を覗き込んだけど、やっぱり吉村 莉子さんの姿は無かった。 綺麗な白いベッドが大きな部屋で、寂しそうに次の患者を待っているように見えた。
その時、聞きなれている声が廊下の曲がり角から聞こえた。
「……お……いします。分娩室を少しで良いので見せて頂けないでしょうか?」
「ごめんなさい。それはできないの」
廊下の曲がり角から出てきたのは島崎だ。
どうやら看護師に、分娩室をみせて貰えるように交渉しているのだろう。
看護師のお姉さんは、申し訳無さそうな表情を島崎に向けている。
――「アイツ……」
悔しい思いをしているのは僕一人だけじゃ無かったんだ。でも、「あの」島崎が、自ら率先して聞き込みをしているなんてイメージと違った。
僕は、島崎の下へと走った。
「お願いします。分娩室を見せて下さい!!」
看護師に向かって頭を下げている僕の横で、島崎は驚いている様子で「アキラ君!?」と叫んだ。
だが、看護師の意思は固かった。
「ごめんね、理由も教えてくれないし、関係の無い君たちを分娩室に入れる訳にはいかないのよ。それに今は警察の方達もいっぱいで、どうしようも無いの」
こう言う時、あの人ならどうするのかな……。
寺村さん。
「分娩室に何か手掛かりがあると思ったんだけどなぁ」
僕と島崎は、取りあえず病院を出ようと正面玄関の自動ドアを潜った。
その時。
「うわっ!?」
「わっ!?」
いきなり目の前に現れた優也と衝突しかけ、お互い尻餅をついてしまった。
「アキラに島崎まで、もう来てたのか」
腰を手で押さえ立ち上がる優也の後ろで眼鏡を指で押し上げる将太がクールな面持ちで島崎から僕へと視線を下ろした。
「昨日の件もあるんだ。何としてもあの幽霊を退治してやる」
「ははは、お前達、相変わらずだな」
将太の後から聞こえた声の主……。
僕は、ゆっくりと立ち上がり、将太の後を覗き込んだ。
途端に笑顔が零れた。
「寺村さん!!」
ブレザーの学生服を着込んだ寺村 蓮さんの久しぶりの笑顔に、大きな安堵と、期待感が膨らんだ。
前回の事件の時、闇に潜む黒い存在がいる事を教えてくれて、僕達が窮地に立たされた時に、助けてくれた凄く頼もしい存在だ。
おまけに、人知を超えた力が身に付く不思議な水晶玉の持ち主で、僕も、以前に偶然手にした寺村さんの水晶玉で、闇に潜む妖怪と互角に戦えた。
「お前がなかなか寺村さんに協力して欲しいって頼まないから、俺達が連絡したんだ」
将太は僕に人差し指を向けながら言った。
「出来るだけ自分達の力で解決しようと思ってたんだ。けど、そろそろ連絡しようと思っていたところだよ」
すると、島崎が寺村さんに近づきながら、まじまじと服装を見回した。
「ほぉー、今回は、学生に変装しているんですね」
「おいおい、顔見て学生に見えないかぁ? 俺は正真正銘の17歳の学生さ」
寺村さんは、島崎に白い歯を見せながら言うと、玄関ホールの奥を覗き込んだ。
「結構立て込んでるみたいだな」
「警察の人が多くて、調査なんてもんじゃ無いですよ」
僕は、皮肉るように言った。
すると、寺村さんは「そっか、ちょっと待ってろよ」と言い、大きな黒いカバンを片手にトイレへと向かった。
しばらくすると、黒い紳士スーツにベージュのロングコートを羽織り、黒い前髪を綺麗に整えた寺村さんが現れた。
「似合うか?」と、付け髭を触りながら言う寺村さんに、優也は「何が?」と答える。
「粗方これまでの経緯は分かった。今から俺は、前田刑事だ。そんでもって君達は社会見学で警察に関して感想文を書こうとしている小学生だ」
いきなりの寺村さんの提案に僕達は戸惑った。
テレビドラマなんかじゃない。そんな事で、突破できる訳が無いと思ったからだ。
第一、いくら寺村さんでも警察に見えるかと言えば若すぎるようにも見える。 まぁ、何とか口髭やフェイスメイクで変装しているけど上手く誤魔化せるのだろうか。
「OK?」
「お、おーけぇー……」
僕が不安交じりに答えると、寺村さんは「よしっ!」と笑顔で言いながら歩き出した。
エレベーターで七階へとやってきた僕達は、廊下を進み、ナースステーションの前を通り過ぎようとした。
ナースステーションの中は昨日来た時よりもガランとしており、二人の看護士がデスクに向かっている。
その時。
「おい、君達誰だ? 何者だ?」と、予想通りに警察官の一人が歩み寄ってきた。
僕達は緊張のあまり、寺村さんの後ろで顔を見合わせた。
すると、寺村さんは、胸ポケットから取り出した黒い手帳を開き、印籠のように目の前の警察官に見せ付けた。
一瞬、警察官の表情が引き締まった。
「伝わってなかったか? 今日は、地元の小学生の社会見学で署の方に来ていたと」
「あ、いえ。 聞いておりません」
急に態度が変わった警察官が姿勢を正した。
よっぽど寺村さんが見せた「偽」手帳に効果があったのだろう。
僕達も、以前にあの手帳で、寺村さんは刑事なんだと騙された事があったし。
「聞いてないぃ? 報告、連絡、相談。 『報・連・相』をしっかりしてない証拠だ!!」
「すみませんっ」
「署が何も無く、退屈だったんで、事件現場を案内しに来た。 邪魔はしないつもりだ」
「分かりました」
敬礼する警察官の脇を通り過ぎ、廊下の角を曲がった。
まさか今の状況を切り抜けられるなんて思いもしなかった。
なのに寺村さんの余裕。 やっぱり、今までにも色々な場面を潜り抜けて来たのだろう。
大人を手玉に取るなんて、凄いの一言だ。
すると、寺村さんは僕達の方へ少し振り返り、小声で話し始めた。
「堂々としていれば案外バレないもんだぜ。今のが証拠さ」
寺村さんはニコリと笑った。
そのまま僕達は、警察官や狼狽する医者達の間をすり抜け、例の分娩室へと到着した。
分娩室の入り口には虎柄のテープが貼られており、中では警察関係の人達が、分娩台の周りに不思議な粉を散布したり、謎の液体を床や壁に塗ったりしている。
おばあちゃんがテレビで見ていた刑事物のドラマで、殺された後の現場で慌しく行われていた、俗に言う科学捜査と言うやつだろう。
「状況が状況だな。 悪いけどお前達は此処にいてくれ。俺が入る」
そう言うと、寺村さんはテープを潜り、近づいてきた警察官に手帳を見せ付けた。
僕達はその光景をただ見ているしかなかった。
そして、僕達、「子供」には限界があるんだと思い知らされた。
「やっぱり寺村さんに連絡して正解だったな」
優也は、将太の肩を掴みながら言った。
「俺達だけじゃ此処まで来れないよきっと」
将太は、地面にしゃがみ込んでいる寺村さんを見ながら答えた。
「だから、さっき追い返されたんだって」
と島崎が頬を膨らませる。
しばらくすると、分娩室から出てきた寺村さんは、「帰るぞ」と言い、僕達は外へと付いて行った。
モクドネルデのテーブル席に着いた僕達。
昼時も過ぎ、少し客が減っていた。
窓から見える相変わらずの不機嫌な雲が、憂鬱に感じる。
「寺村さん、何か手がかりがありましたか?」
元の姿に戻った寺村さんに島崎は訊ねた。
すると、僕達の前に握り拳を差し出すと、手を開いた。
「ほれ」
そう言った寺村さんの掌には、一つの種が乗っていた。
果物の種に見えるが、これと言って変わった所は見当たらない。
「これは恐らくザクロの種だ」
「これが事件現場に?」
僕は寺村さんの顔に目をやった。
「そうだ」
「こんな種が手がかりなんすか?」
優也は、チキンフライを齧りながら訊ねた。
「おそらくな。おい、将太。パソコン貸して貰って良いかな?」
「あ、はい。どうぞ」
そう言うと、将太はカバンからノート型パソコンを取り出すと寺村さんの目の前に差し出した。
パソコンを開き、電源を入れた。
「島崎の証言にあった『女の幽霊』に『ザクロの種』、2つのキーワードから共通する物とは……」
寺村さんはキーボードのボタンを指で弾き始めた。
しばらくの間、タイピングの音が店内に鳴り響いた。
外を通り過ぎる車を眺める将太。
お気に入りのデジタルカメラの保存写真を見て暇を潰す島崎。
コクリコクリと、眠りの世界へと突入し始めている優也。
本当なら今頃五時間目の授業が始まっている頃だなと、僕は店内の針時計を見ながら物思いに深けていた。
すると、寺村さんが、パソコンを操作しながら僕に訊ねて来た。
「あのさぁ、幽霊を見つけたとして、お前どうやって徐霊しようと思ってたんだ?」
「どうって……前の時みたいに魔法陣描いてロウソクに火を付けて、あの呪文を唱えようかと」
僕の言葉に寺村さんが鼻で笑った。
「お前マジでそんなんで幽霊に挑むつもりだったのか? 俺が口裂け女の時に教えたのは『降霊術』であって、倒す為の術じゃない。それに、降霊術を使うには、降ろしたい霊の念が籠もった何かがいるんだ。だからあの時は、口裂け女の手術を失敗した医者のメガネがあったろ? 俺と会う前に霊に会わなくて良かったぜ」
「ずっと、あの方法で霊を退治できるかと思ってました……」
鼻を指で掻きながら答える僕に、将太の視線が突き刺さった。
「僕達死んでたじゃんか」
下唇を突き出す将太に僕は照れ笑いをした。
「笑って誤魔化すなよ」
優也と島崎まで、僕に冷ややかな視線を投げかける。
「ごめん……」
すると、優也が両腕を胸の前で大きく組んだ。
「仕方ないなぁ。まぁ、フライドポテトLLサイズで許してやるか」
「ドリンクも付けろよなヒーローっ」と将太。
「スマイルも忘れずにね」
島崎がそう言うと笑いだした。 それに釣られ僕達も笑った。
「ほら。これだ」
僕達が、フライドポテトを食べている所に寺村さんがパソコンを向けてきた。
モニターに映し出されている写真と名前を将太がメガネのフレームを押し上げながら読み始めた。
「鬼子母神」
「そうだ」と、俯き加減に答える。
「でも、ここに書いてますけど鬼子母神って『神様』ですよね?」
島崎の言葉に、寺村さんが大きなため息をついた。
「すまん。わからん」
あっさりと口にした寺村さん。
あの寺村さんでも分からない事があるんだ……。
「普通に霊とは考えられないんですか?」
「大抵、幽霊は恨みを持つ者への復讐か、無差別に霊界に引きずり込むかのどちらかだが、今回に限っては、母子のみが対象なんだ。様は、幽霊のパターンに当てはまらないんだ。無差別なら医者とかが狙われてもおかしくないだろ?」
将太の質問に答える寺村さん。
「それを踏まえ他の方面でも調べたが、ザクロの種と女の霊との関連性が見つからないんだ。行き着くところがその『鬼子母神』しかない。今の状況証拠のみだと鬼子母神が一番可能性に近いんだ」
お手上げだと言う様子で両手を上にあげる寺村さん。
「一説によると、鬼子母神は自分の子供500人を育てる為に、人間の子供をさらっては食べさせてたんだ」
嗚咽のマネをする優也。
「これ以上子供をさらわれる事を恐れ苦しんだ人間はお釈迦様に相談した。すると、一計を案じたお釈迦様は鬼子母神の一番下の子供を神通力で隠してしまった。鬼子母神は嘆きそして悲しみ、必死になって世界中を気も狂わんばかりに探し回ったが、子供は見つからず困り果てた末にお釈迦様の下に助けを求めに行った」
真剣に話を聞く僕達。
島崎の指の間のフライドポテトが長い間沈黙をしていた。
「お釈迦様は鬼子母神に『500人の子供の内、たった1人居なくなっただけで、おまえはこのように嘆き悲しみ私に助けを求めている。たった数人しかいない子供をおまえにさらわれた人間の親の悲しみはどれほどであっただろう。その気持ちがおまえにも今わかるのではないか?』と話し、『命の大切さと、子供が可愛いことには人間と鬼神の間にも変わりはない』とおしえられ、子供を鬼子母神の元に返したんだ。それ以来、改心した鬼子母神は子供の守り神となったんだ」
「じゃあ、むしろ良い神様なんじゃ?」
僕は、矛盾に感じた事を口にした。
今や子供を守る立場の神様が人間を襲う訳がないからだ。
「そうなんだ。でも、もしかしたら何らかの原因によって再び昔の鬼子母神に戻ったとしたら? まぁあくまで想像だけど。その写真の通り、鬼子母神はザクロを持っている。子孫繁栄の意味や、ザクロが人間と同じ味がすると言うのが由来みたいだが。俺自身しっくりこない」
苛立ちを噛み潰すかの如く、寺村さんは、フライドポテトを奥歯で噛み締めた。
「神様って人を襲うんですね……。命を温かく見守ってくれる存在だと思っていたのに」
僕は、神様の類であっても、人を苦しめる存在がいた事に少し悲しい気持ちになった。
「まだ、今回の件が鬼子母神と決まった訳じゃないが、神の類には破滅の神だっているんだ。俺が今戦おうとしているのも神の類なんだぜ」
「どんな神様なんですか?」
将太は、寺村さんの顔を覗き込んだ。
「再生の神さ。再生って言っても破壊の神なんだけどね。俺も俺で色々あるんだ」
そう言い、僕達にニコリと笑顔を見せる。
「なんかスケールがハンパ無いっすね」
優也は眉を顰めながら難しそうな顔で答えた。
「相手が誰だか分らないんなら可能性を潰して行くのも一つの手だ。 まぁ、こんな事は良くあるしな」
「良くあるんですか?」
寺村さんから出るとは思ってもいなかったアバウトな言葉に、僕は聞き返した。
「言っとくが、俺は幽霊、妖怪退治のスペシャリストじゃないんだぜ。自分なりに調べて行動し、上手い具合に解決できているだけだ」
そう言いながら、チキンフライを頬張る。
僕の中では、今回の件は、寺村さんが協力してくれたお陰で、楽勝で解決すると思っていたが、案外そうでもなさそうな雰囲気を感じ始めた。
もちろん、寺村さんは凄い人だ。それは間違いない。
だけど、ちょっぴり不安だ。
「行くなら今晩だなぁ」と顎を触りながら、計画を思案している寺村さん。
「僕達も行きますよ」
僕は、力強く訴えた。
今の言葉では、寺村さん一人で行動するようなニュアンスだったからだ。
「お前ら来んのか!? って、当たり前だよな。お前達が見つけた事件だしな」
「それだけじゃないんです。僕達は、守るべき者を守れなかった悔しい思いがあるんです。だから、できるだけ僕達の手で今回の事件を解決したいんです!!」
真剣な僕達の眼差しが、寺村さん一人に注ぎ込まれた。
少し、考える寺村さん。
「全員無傷って訳には行かないかもしれないぞ? それでも良いのか?」
僕達に最後の確認をする寺村さん。
もう、昔の僕じゃない。虐められっ子の田中アキラじゃないんだ。あの日から僕は変わった。
――覚悟はできている!!
「もちろんさ!!」
「やってやるぜ」と優也が僕に続いた。
島崎と将太も、熱い意気込みを胸に頷いた。
「よしっ、分かった。お前らは最強の小学生だ。何があっても大丈夫だな」
みんなの前に差し出した寺村さんの掌に、僕達は順に掌を重ねた。
――『0:25』――
フル装備の優也が輝摂総合病院の門前に到着し全員が揃った。
警察の姿も見えない。
将太の持っている手提げ袋の中には大量のザクロが入っている。
相手を誘き出せるかも知れないと言う将太の提案だ。
「じゃあ、行くとしますか。お前ら俺に掴まれ」
何をしようとしているのかは分からないが、取りあえず僕達は、寺村さんの両手両足にしがみ付いた。
次の瞬間、大きく跳躍した寺村さんに引っ張られ、空高くを浮いていた。
「うわっ!!」
「キャッ!?」
このまま落ちたら……と言うゾッとしそうな考えをする間もなく、大きな放物線を描き、病院の屋上へと着地した。
すると、寺村さんは優也と将太を手で留まるように促した。
「お前らは、霊が見えないんだろ?」
「はい」「うん」
頷く二人。
「だったら悪いけどココにいてくれ。もし相手が霊なら憑依される確率が高いんだ。もし霊以外ならお前達にも見える。その時は、知らせて欲しい」
「わかりました」
頷く将太。
その横で、優也は、震える手でお札の束を握りしめていた。
寺村さんと、僕と島崎の三人で非常階段から、七階の産婦人科の病棟へと進んだ。
病院の廊下を、白色の蛍光灯が薄らと照らしている。
廊下の角から、通路の様子を窺う。
深夜と言えども、産婦人科は二四時間体制だからだ。
その時、慌ただしい程の足音と、ストレッチャーの車輪の音が通路の奥から木霊してきた。
「マズイっ!!」
慌てて僕達は、狭い給湯室の隅に隠れた。
「横山さん、大丈夫ですかぁ。しっかりと息を吸って下さいね。安心して下さいねぇ」
大きなお腹の妊婦を取り囲む看護師達の言葉とは裏腹に「やだ……こ、ここで……産みたくない……」と、必至に訴えようとする妊婦。
その様子を見ながら、寺村さんが口を開いた。
「昨日の事件が原因で、入院患者は全員いなくなったはずだ。って事は、急患か……ヤバイな」
「あの人……」
島崎が心配そうな面持ちで妊婦を陰から見送る。
「根本的なモノを解決しないと、どの道あの人も助からない。急ぐぞ」
僕と島崎は頷くと、再び通路を歩きだした。
しばらく歩いていると、急に目の前の蛍光灯がチラつき始めた。
「来たな」
寺村さんが、警戒しながら口にした瞬間。
重苦しい空間が辺りを包みこんだ。
強烈な不快感と、生暖かく、ムッとした風が充満してゆく。
振り返る僕達の目の前に、あの晩に見た女が立っていた。
弱弱しく俯く黒髪の女。
血痕がおぞましいグラデーションを描いているモスグリーンのスカートに薄汚れた白いセーターの女。
悩ましげな表情でこっちを見てくる。
すると、一気に距離を縮めた寺村さんのストレートパンチが霊をすり抜けた。
「クソっ、やっぱ霊か。パターンから外れてるぞ!!」
体勢を立て直し、ガードを固める寺村さん。
だが、女は、何かに気付いた身振りを見せると、僕達に襲い掛かろうともせずに、廊下の奥へと瞬間移動した。
そして、まるで僕達を待っているかの様に、こっちを見ながら立ち尽くす。
「俺達を、案内したがってる?」
僕がそう言うと、「行ってみよう」と寺村さんが言った。
幽霊の元へと到着すると、再び次の廊下の奥へと移動する。
「やっぱり、私達を何処かに連れて行こうとしているのね」
島崎は、デジタルカメラでの撮影も忘れ、僕達と共に霊に着いて行った。
女の霊に連れられ、辿り着いたのが、僕達が入ってきた屋上の非常出口だった。
すると、幽霊は何の痕跡も残さず消えていた。
一体何がしたいのか? 何を伝えようとしていたのか?
「どう言う事なんだ?」
寺村さんが、出入り口の扉を開けた。
すると、目の前の床に将太と優也が苦しそうに倒れている!!
慌てて飛び出した僕達の目の前に、謎の生き物の姿が見えた。
月明かりに照らされる、僕達程の背丈の黒い生き物が、将太の持っていたザクロ入りのカバンの中に顔を突っ込み貪っている。
「こいつ……妖怪か……」
ザクロを貪る事に集中しこっちに気付いていない隙を見計らい、寺村さんは力を一気に解放した。
金色のオーラを身に纏い、目の前の生き物に殴りかかった。
つづく