(起)
お待たせ致しましたと言うか、誰か待っていてくれただろうか?(笑)
HIKARIのスピンオフが、独立シリーズとしての初セカンド。
「ヒーローは小学生2~Defend the life~」
前回同様、起・承・転・結の4話構成の短編です。
あの事件から全てが始まった。
人が信じないモノを退治し、そして、自分にできる事を知った。
「できるだけ沢山の人を救いたい」
それが僕の――『正義』だ。
ヒーローは小学生2~Defend the life~
「ナーズグル アパプリカ ディモル、 べーベル ランティカ ダンザテ」
「シュテーム オグリスカ ファヌン、アスミタス イヌンスカ クロアスタ ファルコ!!」
目の前で狼狽する腐敗した男。もちろん実体は無い。
呪文を唱えると、霊の周りに光の魔方陣が現れ、絶叫する男を取り囲んだ。
魔方陣より吹き荒れる風を手で塞ぎながら、僕は、心の中でガッツポーズを決めた。
光の魔方陣は、霊に貼り付くと強烈な閃光を発して、爆発を起こした。
………………
途端に、僕の後頭部に重い衝撃が走った。
ゆっくりと目を開けると、視界の下半分に見慣れた天井が見えた。もちろん上半分はフローリングの床だ。
直ぐに状況が把握できた。
「なんだ夢かよぉ……」
僕は、ゆっくりと起き上がると痛む後頭部を擦りながら、折りたたみ式の携帯電話を開いた。
「ちぇっ。報告メールなし。今日も平和か……」
人を救いたいとか言いながら、平和が嫌いな訳じゃない。人を救う為の事件が無いと言う事だ。
都立星野小学校の『5年2組』の引戸を開けた。
お調子者だけどちょっと怖がりの優也。
インテリメガネと、いつも持ち歩いてるノート型パソコンが、知性の高さを伺わせている将太。
新聞部で、特ダネスクープには目が無い女の子の島崎。
みんな一ヶ月前の事件の際、共に戦った仲間だ。
「おはよー、アキラ」
僕を見るなり優也が手を上げた。
「おはよー」
優也とは隣の座席でもある。
「なぁ、アキラぁ。なんか事件は無いのかぁ?」
「ないよ」
優也も同じ事を考えていた。
なぜ、そんなに事件にこだわるのかって?
口裂け女の一件の後、僕と、優也と将太で『超常現象探偵クラブ』を作ったんだ。島崎は、新聞部と掛け持ちだけどね。
――『幽霊・妖怪など、超常現象にお悩みの方。私達が原因の解明と排除を行います。お気軽にお電話下さい』とチラシを作成し、大量にばら撒いたは良いけど、一件も「まとも」な事件の相談はなかった。
将太は、「僕達の出来る事にも限界がある。これは誇大広告だ」って言ってたけど……。僕達の手に負えない時には、寺村さんに相談するつもりだ。
「はい、みんな。おはようございます」
おしとやかで、如何にも大人の女の人って感じの挨拶と共に、担任の宮園 安奈先生が入ってきた。
宮園先生が教壇に着くと、突然改まった。
「えっと、今日からちょっとの間、先生は学校をお休みします」
その瞬間、しばらくの別れさえ惜しむ、みんなの「えー!?」が教室に木霊した。
僕達『超常現象探偵クラブ』が一番驚いた。だって顧問なのだから。
『馬鹿な事』と、どの先生も取り合ってくれず、途方に暮れていた時に、宮園先生が顧問を引き受けてくれたのだ。
「先生ね、もうすぐ赤ちゃんが生まれるの。だから、みんなに負けないくらい元気な赤ちゃんを産んで、また戻ってきます」
華奢な体型から張り出す大きなお腹を、この世で一番大切な宝物のように優しく撫でる。宮園先生の何時に増して幸せそうな笑顔が、印象的だった。
「なぁ、どうするよ?」と、将太が言った。
放課後の教室で、僕と、優也と将太の三人で、今後のクラブ活動の事を考えていた。
「どうするも何も……。これまで通りでやっていくさ」
「ところで、アキラ。さっき3組の横山から依頼があったんだ!!」
やっとの思いに目を輝かせる僕と優也。
「どんな内容なの?」
「夜中に、黒い影が家の周りを走るんだって」
「えっ!? それって超常現象じゃん!!」
ハイテンションな僕達をよそに将太が深い溜息をついた。
「それは、もう解決済みさ」
「えっ……?」
僕の釣りあがった三日月型の口が、逆になった。
「どう言う事だよ?」
将太は、ノート型パソコンに向かい、モニターを見ながら話し始めた。
「横山君に詳しい状況を聞いたところ、猫だったよ」
あっさり答える将太。
「ね……こ」
思考回路が停止したのか、ロボットのように優也が繰り返した。
すると、将太が、ノート型パソコンの向きを僕達の方に向けた。
「ほら、コレ見て」
液晶画面を覗き込む僕と優也。僕は、画面に書かれている文面を読み上げた。
「都立、……んとか病院……」
「都立、輝摂総合病院、産婦人科」
漢字が読めない僕に代わって将太が読み上げた。
続けて僕は文面を読み上げた。
「今月に入って、出産時に、妊婦、新生児ともに死亡が相次ぎ、その数十五例。病院側は、一次、妊婦の受け入れをストップし、原因解明に乗り出したが、直接的な原因が見当たらず、警察による調査も始まった。しかし、他殺の可能性もなく、母子共に、『自然的に』術中死したと見られる為、妊婦の受け入れを再開。今後、またしても術中死が起こるのだろうか?」
僕が読み上げると、将太が中指で薄いフレームの目がねを押し上げた。
「怪しくないか?」
「そういや、この間もテレビのニュースでやってたよな。『出生率0%、死亡率100%の産婦人科』って言われていたっけ」
将太が両腕を組んだ。
「じゃあ一度調べてみようよ。大した依頼も今のところ無いんだしさ。確かにこの件は怪しすぎるよ」
僕は、やるき気満々で提案した。
その時、教室の扉が勢い良く開いた。音を立て、開いた扉から妖艶な笑みを零す島崎が現れた。
「アンタ達。私の存在を忘れてないでしょうねぇ? 私も、部員よ」
デジタルカメラ片手に僕達を見下ろす島崎に、「あ……あぁ」と返事をした。
「校長先生が、クラブ活動は続けていいだってさ」
「ほんとか!?」
「私に感謝しなさいよ」
なんと、島崎が、顧問が不在で休部に成りかねない状況を打破してくれたのだ。
「ありがとう。島崎」
僕のお礼に島崎が、いきり立つ眼で答えた。
「だって、特ダネスクープでしょ。 病院に行くわよ」
「……聞いてたのかよ」
この事件が、僕達『超常現象探偵クラブ』の最初の事件になろうとは、願ってはいたが、思いはしなかった……。
都立 輝摂総合病院の産婦人科にやってきた僕達は、さっそく聞き込みを開始した。と言っても、あからさまに医者などに聞く事はできないので、やんわりと看護士や入院患者に聞き込んだ。
とてつもなく広い病棟なので、四人に別れての聞き込みだ。
みんな宮園先生のように膨らんだお腹を、苦しそうに、でも幸せそうに抱えている。
看護士のお姉さんに話を聞いたところ、妊婦受け入れ以来、出産はまだ無いと言う事だった。
「ねぇ、お姉さん。このところ変な物を見たり、感じたりした事ない?」
「いいえ、無いわよ。気を使ってくれてありがとう」
三回の質問に三回の同じ答えが返ってきた。
結局、四人に別れて聞き込みをする程の人数もいなかった。
そりゃ、好んで『出生率0%』の病院を選ばないだろう。どちらかと言うとガラガラだった。
やっぱり、僕達の思い過ごしなのだろうか? それとも、これから起きるのか?
一度僕達は、『いつもの場所』で情報を照らし合わせる事にした。
『いつもの場所』とは、『モクドネルデ』と言うファーストフードショップの事だ。
僕と優也と将太は、フライドポテトを齧りながら島崎を待っていた。
すると、自動ドアの開閉と共に、ポニーテールが暴れ牛の様に飛び出してきた。
「スクープよ。スクープ」
「何か分かったのか?」
僕は、手に持っていたコーラが入った紙コップをテーブルの上に置いた。
島崎は、少し興奮気味で僕達のテーブルに両手を着いた。
「772号室の『吉村 莉子』さんて人が、二日前の深夜に、女の人の幽霊らしき物を見たんだって」
「マジか!?」と驚く僕と優也が体を乗り出した。
「まだ幽霊と決まったわけじゃないんじゃないか?」
「だったら俺達の目で確かめるのが一番だ」
冷静に考える将太に、僕はフライドポテトを付きつけた。
本当か嘘かなんて関係ない。「関係ない」と言えば嘘になるけど、これが、僕達『超常現象探偵クラブ』にとって最初の事件になれば良いなと思っただけだ。
それに疑って動かなければ何も始まらない。
「じゃあ、何時にする?」
優也は、ソファーベンチに片膝を付いた。
「その『吉村 莉子』さんは、大体何時くらいに霊を見たんだ?」
将太は、優也から島崎へと視線を移した。
島崎は、デニムスカートのポケットから、手の平サイズの手帳を取り出すと、ペラペラとページをめくり始めた。
中ほどで指が止まる。
「えっとぉ、午前1時くらい」
「じゃあ、午前0時30分には、病院前に到着だな」
そう言うと、僕は、紙パックの中に入っているフライドポテトを口に流し込んだ。
一番に到着したのは僕だった。
巨大な病院の、門前で皆を待つことにした。
腕時計のデジタルが、うっすらと光る。
『0:28』
不気味な静寂の中、館内照明が消えた玄関ホールの自動ドア越しに、誘導灯の緑光が自分の存在を知らせていた。
あの事件の時もそうだったよな。この後に将太が来て、フル装備の優也が現れたっけ。
そう思っていた時、ベルの音と共にさっそうと自転車を漕ぐ将太が現れた。
――あの時と同じだ。
「よっ! 将太」
「よっ! じゃねぇよ。家を忍び出るのにどれだけ苦労したか。親に見つかるとうるさいんだ」
そう言う、将太の肩には『いつもの』ノート型パソコンが入ったショルダーバックが掛けられていた。
――忍び出た割には、ずいぶんと余裕だな。
僕の視線に気付いたのか、将太は「前の時もこれがあったら便利だったろ?」と、説明を始めた。
すると、病院の角から『ガンダム』が現れた。
兄譲りのバイクのヘルメットに、フットボールのボディーアーマー。
自転車に刺さった鉄バットに、無数の御札が一つの束になり握り締められている。
――あの時とまったく同じじゃねぇか!!
僕は、心の中で笑い転げていた。少し、顔にも出ていたのかもしれないが。
「あいつは、期待を裏切らない格好をしてくるよな」と、将太も笑い顔で、迫り来る優也を視線で指した。
「おっ、早いなぁ二人とも」
優也は、自転車から降りると、何食わぬ顔で鉄バットを手に持った。そして、何のヒーローのモノマネなのか、後ろ首の襟からバットを刺した。
「ふっ、はっ! よし、やってやろうぜ!!」
恐怖を押し殺し、自分自身に活を入れる将太。
「まだ、幽霊が出た訳でもないだろ?」
呆れ顔の将太。
「あとは、島崎か」
「いや、もう全員揃ってるよ」
将太が自信ありげに答えた。
「えっ!?」
僕のひっくり返った声に、将太が、人差し指を突き上げた。
将太の指先は、僕の隣でそそり立つ木の上を指していた。
――まさか……。
木の枝の上から、ケンバースの靴が見えた。
「マジかよ!?」
優也が驚いた。僕もだ。
島崎が、木の上からデジタルカメラを産婦人科の病棟の窓に向けて、シャッターチャンスを待っていたのだ。
「いつの間に……?」
「アンタが来る30分前からよ」
島崎が淡白に答えた。
すると、器用に木から下りてきた島崎。
「じゃあ入るわよ」
「おう!!」
島崎の言葉に僕達が続いた。
まずは、病院の入口を探さないといけない。
門は開いていたが、正面入口は、既に鍵が掛かっている。
「きっと救急の患者を受け入れる事ができるエリアがあるはずだよ」
「そうね」
将太の言葉に島崎が頷いた。
有名なRPGゲームのように、僕達は並んで暗闇の病院前を徘徊していた。
大きな庭にある噴水も、今は単なる泉だ。
目の前の角を曲がると、明かりが点いている小さな玄関が見えた。恐らく将太が言っていた、救急車が緊急の患者を運び入れる所だろう。
「よし、あそこだ!!」
優也が言った瞬間、僕達に向かって眩い光が向けられた。
「何やってるんだ君たち。こんな遅い時間に」
島崎が舌打ちした。
振り返る僕達の前に、二人の警備員が立っていた。
「あ、いや。あの……」
もっともらしい言い訳を考えようとしたが、全く思いつかず狼狽する。「幽霊を探しているんです」なんて口が裂けても言えない。
「お、お母さんが入院しているんです。どうしても渡したいものがあって、入りたいんです」
そう言ったのは島崎だ。
すると、警備員は当たり前の質問をしてきた。
「お母さんの名前は? 何科に入院しているんだ?」
「え、えっと……」
僕達は息を呑んだ。
この質問をされては、取り返しが付かない。嘘を言っても、すぐさま分かってしまう。
焦りを必死に隠し、言い訳を考える島崎。
「772号室の吉村 莉子です」
将太が、島崎のピンチを救った。
――ナイスフォロー!!
僕は、心の中で叫んだ。
これなら、吉村 莉子さんは入院中だし確認が取れる。
無線マイクで、確認をとる警備員。
もう一人の警備員が優也に問いかける。
「君はなんでそんな格好をしているんだ?」
――そりゃそうなるだろ。
「よ、夜の病院って怖いから。幽霊とか出るかもしれないでしょ?」
警備員は、所詮子供がする事と思ったのか、鼻で笑っただけだった。
しばらくすると、目の前の警備員のイヤホンに返事が返ってきた。
「君達が言ってるお母さんは、今、出産中だ。それに彼女は、コレが始めての出産だ」
「へっ!?」
一斉に僕達の顔から余裕が消えた。あの将太でさえ、豆鉄砲をくらったような顔だった。
そう、必死に搾り出したフォローだったが、肝心の吉村 莉子さんは、初めての出産だったのだ。
これ以上言い訳も出来ずに、僕達は警備員に出入り口に向かい引きずられた。
その時、島崎が叫んだ。
「あっ!! アキラ君、あそこ!!」
首元を掴まれながらも、島崎が七階の病棟の窓を指差す。
警備員に引きずられながらも、島崎が指差す窓を見た時、僕の全身に衝撃が走った。
青白く、生気を感じない黒髪の女が廊下を歩いているのが見えた。入院患者でもない、昼間にはいなかったし、あの女の周りだけ空間が歪んで見える。
あの空間の歪みには、見覚えがある。以前、あの公園でも感じたモノだ。
間違いない……。
――「幽霊だ!!」
「何? どうしたんだ?」「何か見えるのか?」
警備員に引きずられ暴れる二人には、見えていないみたいだ。
それよりも一つ、心配な事があった。
あの幽霊が向かっている方角には『産婦人科の分娩室』がある。
――『出生率0%、死亡率100%の産婦人科』
あの言葉通りなら吉村 莉子さんが危ない。
「警備員さん、吉村 莉子さんが危ない。死んでしまうよ!!」
叫ぶ僕と島崎だったが、容赦なく警備員は、僕達を門の外まで引っ張る。
「確かに、これまでは術中死が多かったが、医者も一掃されたんだ。もう同じ事は起きない」
そう言うと、僕達を門の外に放り投げた警備員は、「もう帰れ。それとも、親を呼ぼうか?」と脅しを掛けてきた。
吉村 莉子さんを助けたいと言う思いで歯を食いしばり、怒りを露にする僕の手首を将太が掴んだ。
「やめとけ。親に言われたらやっかいだ。今後は活動が出来なくなるかもしれない」
「でもっ……」
「いこっ、アキラ君」「仕方ないよ、アキラ」
島崎と優也も、僕を説得した。
複雑な心境ではあったが、それは島崎も同じ事。僕達は、吉村 莉子さんの無事を祈り、家に帰った。
翌朝。
『輝摂総合病院の産婦人科で、またも出産中に母子共に死亡が確認されました。死亡したのは吉村 莉子さん25歳……』
テレビから流れる昨日見た病院の映像。
僕は、悔しさと後悔がない交ぜになった感情を拳に込め、壁を殴りつけた。
――必ず、退治してやる!!
僕は心に誓った。
つづく