狂と詩
「この前黄波先生とお昼一緒になってさあ」
食堂で一緒になった西村がアジフライを箸で切りながらそう言ってきた。
「…は?」
「いや、最近よく一緒に食べるんだけどね。飲みに誘ってもいつも予定あるって。嫌われてんのかなあ」
「…知らないけど」
そんな話聞いたことない。
飲みに誘わてるとか、一緒にお昼食べてるとか。
一応飲みは断ってるみたいだけど。
黄波先生は押しに弱い。
基本的には断れないタイプの優等生。
それに漬け込んで私はいつも強引にそばにいさせてる。
怖がってる瞳に気付かないふりをして、縛り付けて。
きっと解放したらすぐに逃げていくんだろう。
「黄波先生可愛いよね、リスみたい。」
「…あっそ」
暗い感情が湧いて出て、素っ気ない口調になる。
特に西村には警戒してる。
昔からこいつは───。
「黄波先生のこと旅行にでも誘ってみようかなあ」
…すぐに女の子を口説く。
こんな感じで、手が早い。
「だめだよ」
「やっぱ旅行は早いかな、黄波先生奥手そうだしなぁ」
「そういう問題じゃない」
「え、なに?もしかして付き合ってんの?」
「いや…付き合っては、ないけど」
「じゃーいいじゃん」
「絶対だめ。」
なんで、なんて文句を言う西村を適当にあしらいながら最後の一口、残ったカレーを食べる。
いつも黄波先生が頼むメニュー。
黄波先生が作ってくれるカレーの方が美味しい。
食べ終えて携帯を取り出してメッセージ画面を開く。
[今日19時上がりだから。]
それだけ送る。
昨日黄波先生は夜勤だったから寝てると思ったのにすぐに既読がついた。
[ごはん作っておきます]
送られてくるメッセージに本当は付き合ってるんじゃないかって錯覚に陥る。
「あ、やば。呼ばれたから行くね」
「はいはい」
追い払うように手を振い、少しして私も席を立つ。
少しも経たないうちに私も急患で呼ばれてバタバタしてたらあっという間に時間がきた。
忙しくて良かった、そんなこと医者として思っちゃいけないんだろうけど。
「ただいま」
「あ、おかえりなさい」
リビングの方から顔だけ出して笑う姿が眩しく見えて目を細める。
具材を煮込む帆夏の後ろからお腹に手を回す。
「…何作ってんの」
「カレーです」
「昼間カレーだった」
カレー好きすぎでしょ、普段もカレーばっかりなのに。
そんな偏食気味なところも可愛いと思う。
「えっじゃあシチューにします」
「そんなこと出来んの?」
「中身ほとんど一緒ですし臨機応変に、です」
普段病院で私がよく言うことを得意げに言う。
「…変わるんだ、色も味も…中身は一緒なのに。」
「そうですよ、それでも美味しいのは変わりないですから」
「医者だけど人が違うのと一緒かな」
「へ?」
昼間のことが脳内に巡る。
「西村に最近誘われてんだって?」
「…はい」
さっきよりも強くなった腕の力、耳元に落とす声の低さに自分でも抑えが聞かなくなってるのがわかる。
「…西村も“医者”だしね?」
唇で耳を挟むように形を準えて。
「あー、あと年上で同大卒で出身地も…あいつ私と共通点多いもんね?」
「っなんの話ですか、火危ないですから、」
完全に手が止まってる詩織は焦ったように言う。
「消せばいいじゃん」
コンロの火を消しても「でもごはんが」なんて逃げようとするから、しっかり捕まえて細い首筋に痕をつける。
「っちょっと、」
「…首、すぐ折れちゃいそうだね」
そう言えば体は強ばって。
「他に盗られるくらいなら、動けなくしちゃおうか」
「あ、赤佐先生、やめ……っ」
首元に添えただけの手に怯える帆夏に高揚する私は、狂ってる。
「やだ?」
「や、です…!」
「…西村のこと、すき?」
必死に抵抗していた帆夏の動きが止まる。
「え、?」
「西村のことがすきかって聞いてるんだけど?」
「好きじゃないですよ、なんでそんな…」
「あっそ」
聞きたかったことが聞けて離れようとしたら、今度は帆夏が背中に抱きついてきた。
「なに?」
「もしかしてやきもち、ですか…?」
そう震える声で聞くのは、きっと私が怖いから。
振り返っていきなり深くキスをした。
どんどん奪われてく酸素に、帆夏は膝から崩れ落ちていく。
それに構わず追いかけて、キスを繰り返す。
「、っあかさせんせ…、」
「…帆夏のくせに。」
そのまま床に押し倒すとまっすぐ見つめてくる瞳に目を逸らす。
「ごめんなさい…」
謝ってるのに目線には期待が混ざり込んで煌めいた。
「帆夏は逃げらんないよ。私から。」
「知ってます」
そんな返事にも「生意気」なんて嫌味な返し。
「…家では、名前。」
「ぅ、かなさん、っ」
私は“逃げられない”帆夏に自分の影を落とす。