熱と冷
「え、風邪?」
「そうみたい。医者の不養生ってやつだね~」
食堂で偶然一緒になった西村先生が笑いながら言う。
私は昨日、日勤で。
赤佐先生は、夜勤だったから半休で。
いつもなら赤佐先生から何かしら連絡がくるのに昨日は音沙汰無しだった。
連絡と言っても「今日来て」とか一方的なものだけど。
だから連絡がなくても、余程疲れたんだろうくらいにしか思ってなかった。
「でさ、哉も居ないし、今日呑みにいかない?」
肩に手を回してくる西村先生を受け流しながら携帯を取り出す。
[風邪、大丈夫ですか?]
今日も日勤だし、上がったら家に行ってみよう。
そう決めて不安な心を収めるように水を飲み干す。
「すみません西村先生、今日予定あって…」
「えー、そうなの?じゃあまた今度ねー」
「…ぜひ」
赤佐先生がいる時に。
心の中でそっと付け足す。
それからオペの助手を2件。
やっぱり赤佐先生のオペが一番だなあ、なんて思いながらこなしていく。
やっと2件終わって、だるくなった足を引き摺りながら喫煙所のベンチに腰を下ろす。
私は吸わないけど、赤佐先生が吸うからってよく付き合わされる場所。
だいぶ日の落ちた赤い空を背に携帯を見るけど、まだ既読すらついてなかった。
思ってたよりひどい風邪なんじゃないかな。
動けなくなってたらどうしよう。
不安で震える手を握りしめて急いで病院をでる。
きっと赤佐先生が居たら「医者なんだからしっかりしなよ」とか言われるけど。
電話しても相変わらず反応はなく、一層、歩く足を速めた。
渡されていた合鍵を差し込んで回すと鍵はかかってなくて。
几帳面な赤佐先生が鍵を掛けないでいるなんて、普段なら有り得ない。
「え、開いてる…赤佐先生───」
ドアを開けると玄関を上がった廊下の壁に沿って横になる姿が見えた。
「赤佐先生!」
肩に触れると服越しにもわかるほど体が熱く、頬も火照っていた。
「…黄波」
「大丈夫ですか、とりあえずベッド行きましょう」
熱い体を支えてベッドに向かう。
寝かせて布団を掛けるとぼうっとした目でこちらを見てくる。
「ごめん、」
「なんで謝るんですか」
いつもの尖った雰囲気は皆無どころか幼く見えるかなさんは、私の服を掴んでくる。
「赤佐先生、私は───」
「…名前」
不満そうな声に胸が締め付けられる。
どこか夢を見ているような瞳で私を縛り付けた。
「、かな…さん」
「うん、なに?」
途端に満足そうに溶けそうな笑顔で笑う。
「っ、ちゃんと頼ってくださいね」
思わず逸らした目の端に映りこんだ手は私の頬に伸びてきて。
「来てくれてありがと」
頬に触れた熱い手に自分の冷たい手を重ねると、不安も緊張も全部溶かされる気がした。
いつもこのくらい素直だったらいいのに。
そのまま眠りにつく、かなさんの手に指を絡めたまま、私もベッドの縁に伏せて目を閉じた。