白と黒
「黄波先生」
呼び止められて身がすくむ。
ゆっくり振り返ると笑顔でこちらを見てくるひとがいた。
「あ、赤佐先生…」
「夜勤?」
「はい、赤佐先生は?」
「次のオペで上がり。」
「そうなんですね、おつかれさまです、」
じゃあ、なんて立ち去ろうとしたら腕を掴まれて壁に体ごと押し付けられる。
光るような目に張り付けられて、動けない。
「え、あの、」
何も言わない赤佐先生に、絞り出した掠れ声で呼びかける。
「ひとりで帰すと思う?」
「でも、オペなんじゃ…」
「すぐ終わらすから、いつもの喫茶店いて。」
眠いんだけどなあ、そう思っても逆らえない。
自分でもわかってる。
赤佐先生の思い通りに動かされるのが嫌じゃなことも、きっと言われなくても待ってたことも。
「…わかりました」
そう言うと満足そうに笑って、頭を少し雑に、くしゃっと撫でる。
その顔にわたしの心は満たされず、むしろざわつきを覚える。
「じゃあ後で。いい子に待ってて。」
「っ、」
その言葉と同時にキスをされて。
わたしは自然に瞼を落とす。
離れる頃には奪われた酸素のせいでぼうっとする頭。
「残り時間頑張って」
赤佐先生は優しい笑顔で壁にもたれるわたしの手に飴を落とす。
“外科のやさしい赤佐先生”の顔だった。
白衣を風に乗せて去っていく背中を見ながら壁伝いに座り込み、まだ熱をもったままの唇に触れる。
「なんなの、もう…」
貰った飴を口に入れると甘ったるいミルクの味が広がった。