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狗憑區☆堕等々々  作者: 八々
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第二話(2) 気性の荒い女たち

 追加で並んだ料理もあらかた食べ尽くした頃、八瞞が「そうそう」と声を上げる。


「この間、鋒霊山(ほうれいざん)の麓近くで可視香(かしか)を見かけたんだけど」

「可視香を?」


 可視香とは、婀彌陀羅と昔から付き合いのある女性の姿をした位の高い妖で、奇特なことに婀彌陀羅の親友だと豪語している変わり者だ。

 暇を作っては、現世にいる婀彌陀羅の元まで可視香は足繁く会いに来ている。


(そういえば……、今度は少し遠出をすると言っていたな……)


 赤汁の椀を口元へ寄せながら、婀彌陀羅は最後に可視香とあった時のことを思い出す。別れ際に、暫く会いに来れないと話していた。


 鋒霊山は、常世にある雲を突き抜ける劔の様な山脈が連なっている山岳地帯の名だ。

 行くには面倒な場所だが、絢爛界隈(けんらんかいわい)にある転移門を使えばそう遠くない場所にある。どうやら近くまで帰って来ていたらしい。


 鋒霊山には特殊な効能を持つ草花や鉱石が採れるが、それらはよく商店に並んでおり品自体も珍しくは無い。可視香が険しいだけの岩山に用向きが有るとは考え難く、だとすれば用というのは鋒霊山の向こう側にあったのだろうと、婀彌陀羅はそこまで予想する。

 今度会った時には、どこまで行っていたのか聞いてみようかと考えていると、


「──それがさ、何人かの妖怪達に絡まれてて……」


 話の方向が急に物騒なものへと変わり、椀を持つ婀彌陀羅の指先がぴくりと反応する。

 話を促すように顔を向けると、八瞞は口元を引き結び、


「──相手におもっくそ、張り手食らわせてた」


そう真面目な声音で続けた。

 その一言に「そうか」と、婀彌陀羅は納得して赤汁を啜る。


 可視香は見た目は清楚なお嬢様といった見目を取っているが、外見とは裏腹にその気性は強い。

 良く言えば、芯がしっかりしていて、それを貫き通すだけの実力も備え持つ、逞しい女性だ。そこいらのチンピラ妖怪など、可視香の相手にならない。

 それでも可視香は婀彌陀羅の友人であるらしいので、絡まれたと聞けば少しは気にはなってしまう。


「それで可視香は無事だったのか?」

「え?知らないけど、俺通り過ぎただけだし」

「…………」


 あっけらかんとした八瞞の答えに、婀彌陀羅が無言になる。


「だから遠目に見かけただけだって」


 いくら可視香の気が強く能力が高いと言っても、知人、それも女性が絡まれているのを見ておきながら素通りできる八瞞の神経の図太さは、ある意味で尊敬を覚えてしまう。


「こういう奴だ」

「そうだな、こういう奴だった」

「含みのある言い方するね」


 軛に同意し、頷き合う婀彌陀羅に八瞞が冷めた視線を向ける。


「それで、何が言いたかったのだ?」


 今の話を聞けば分かる通り、八瞞は可視香に興味がない。その話題をわざわざ出したと言うことは、他に何か言いたいことがあると考えるべきだ。


「別に。ただ婀彌ちゃんの周りの女子は、気性が荒い奇人ばっかりだよねって──」


 そう話しながら何気なく向けた視線の先──窓の外に見知った白金を見つけ、八瞞が狼狽える。


「──あっ、目が合った、目が合った……」

「……ん、なんだ?」


 八瞞のあからさまな態度に、婀彌陀羅と軛も窓の外に視線を向けるが──()()()()()何かは、既に店の入り口へ迫っていた。

 店の扉を勢いよく開け放つと、ずかずかと着物を翻し中へ入ってくる。


 婀彌陀羅達の前へやって来たのは、この場にそぐわぬ美しい人型の美少女だった。

 美少女は苛立ちと嫌悪を含んだ形相で、婀彌陀羅達を睨みつける。


「貴様ら…、よくもぬけぬけと妾の前に姿を現わせたな……!」


 爪先まで美しく整えられた指先を突きつけられた婀彌陀羅は、不思議そうに美女を見返す。


「我らへ寄って来たのは、お前の方じゃないか」

「婀彌ちゃん。そこはツッコんじゃ駄目なとこ」


 美少女の矛盾にすかさず口を出す婀彌陀羅に、八瞞が小声で助言するが遅すぎる。


「ぅうう、煩いぞ!貴様らっ!!」


 正論に頬を赤くして美少女が怒鳴りつける。袖で口元を隠しながら一つ咳ばらいをし、気を取り直したところで、再度、美少女は婀彌陀羅に指を突き付けた。


「この間のこと忘れたとは言わせん!貴様ら、今日こそは──」

「美禅さまぁー!」

「美禅さまぁ~!」


 店の外から聞こえてきた頼りない呼び声に、美女の指先が力をなくし萎れる。その子供のような高い声に、婀彌陀羅達も面倒そうに息を吐き肩を落とす。

 呼び声が店に近づいてくる。ガダンッ!と、店の引き戸が壁にめり込ませる勢いで豪快に開け放たれ、提灯を持った二人の子供が店内に駆け込んで来きた。

 子供はぱたぱたと美少女の元まで駆け寄ると、その腰に左右からしがみ付き、婀彌陀羅達を睨みつけた。


 美禅(びぜん)──。

 歳の頃は14、5歳ほどの外見をしており、顔は小さく、真白いきめ細やかな肌に、薄紅の塗られた唇はふっくらとしている。大人と子供の間で揺れ動く、美しさと可憐さを混ぜ合わせたあどけなさのある少女だ。

 腰まで伸びた煌めく白金の長髪は妖力を帯び、床に触れる数センチ上でカーブを描き浮かんでいる。

 髪と同色の長い睫毛に縁取られた、目じりの少しつり上がったアーモンド形の瞳は、日の光を取り込んだかのように黄金に輝いていた。

 身に纏う純白の着物は、光沢を放つ高級な布地がふんだんに使われ、細部まで繊細に織り込まれている。純白の中に、淡い赤や緑の飾り布や組紐で指し色が施され、袖や帯留めには細身の金細工が縫い込まれ、纏う者が高貴な存在であると主張していた。かたや、襟元や袖口は可愛らしい組紐で縁取られ、少女らしい可愛らしさもあった。

 耳には丸い宝珠のピアスが揺れ、ブーツを足袋に見立てたような靴を履いている。


 美禅は神代町の北東にある、稲荷神社『瑞穂(ずいすい)稲荷神社』の神使だ。

 その正体は、齢を重ねた美しい白狐だと知られている。

 美禅の腰にしがみ付いている2人の子供は、美禅の使いの妖──那玻璃(なはり)耶紺(やこん)だ。

 那玻璃は淡い赤、耶紺は淡い青の髪色の幼子で、瞳の色は揃いの黄色。その顔の造形は兄妹かのように似通っている。

 短く整えられた髪は柔らかで、動きと共に毛先が跳ね活発さを感じさせる。

 服装は、それぞれの髪と同じ色をした襟の広い狩衣を纏い、美禅と似た足袋に見立てた靴を履いている。


 瑞穂稲荷神社は神代町内に数多くある神社の中でも、1、2を争う規模を持つ由緒ある神社である。

 商売繁盛のご利益があると有名な神社なのだが、同時に縁結びの効果も絶大だと噂されている。その為、恋愛成就の祈願をする女性の参拝者が後を絶たない。

 何度も雑誌に取り上げられ、今や神代町の観光スポットの中でも上位の名所として賑わいを見せていた。


 信仰心は神の力となる。

 即ち、参拝客が多ければ多いほど、神の力は強靭なものになる。その神に使える眷属もまた然り──。


 行動や言動から幼さが感じられるが、那玻璃と耶紺から放たれる妖気は、婀彌陀羅たちとは質も量も比べ物にならない程に強い。

 妖は歳を取っても姿の変わらない者も多いので、幼子のような姿をしているからといって油断はできない。

 美禅に至っては、比べるのが愚かしい程、力の差がある。婀彌陀羅たちの妖力を遥かに超える、那玻璃と耶紺でさえ足元にも及ばない。


 突如として、寂れた食堂に現れた高位な神使の存在に、店内には異様な重圧が渦巻いていた。

 巻き込まれる前にと、周りの客達が店から逃げ出したり、店の端に隠れたりと忙しなく動く。

 美禅は自分の力を隠そうとはしない。美しい髪の先まで、常に神性な妖力を漲らせている。その所為で、弱い妖は美禅の前では委縮し、身動きも取れなくなってしまう。

 あえて力量の差を表に出すことで、下賤な妖怪(むし)を近づけぬようにしているのだ。

 逃げ惑う妖達を横目に見ながら、美禅は腕を組み婀彌陀羅たちを睥睨(へいげい)し仕切り直す。


「貴様ら、悠々と食事などしておるが、もう町から出ていく準備はできておるという事か」

「何の話だ?」


 威圧感を含ませ告げる相手に対し、本気で分からないという態度で聞き返す婀彌陀羅に、軛と八瞞は関係ないとばかりに視線を逸らす。

 当然、美禅はさらに顔を真っ赤にして、その瞳に殺意にも似た怒りを燃え上がらせる。


「っこの妾の敷地内で、貴様らはいつまでのさばっているのかと言っておるのじゃ!毎度毎度、飄々とした顔で妾の前に現れよって!厚顔無恥も甚だしいぞ!」


 美禅は足を踏み鳴らし近づくと、テーブルを皿が飛び上がる勢いで叩きつけ怒鳴る。


「神代町は妾の社がある町じゃ!穢れた存在は何人たりとも居座る事は許さぬ!滅っされたくなければ早々に出ていけ!」


 会うた度に繰り返し言われ続けている台詞を言い終えた所で──、肩を怒らせている美禅へ、八瞞が落ち着いた声音でやんわりと声をかける。


「まぁまぁ、そうカリカリしないでさ。これ食べる?」


 八瞞が差し出したのは、現世で売られているイチゴ味の飴。

 掌に一つ乗せられた、可愛らしいピンク色のパッケージに包まれた飴を一瞥し、美禅は鼻で笑う。


「その様な粗末な物を妾に食べろと?」

「貴様の大好きな人間が作った物だろうが」


 軛がそう言った瞬間、美禅の手が見えない速度で動き、八瞞の手から飴を叩き落とす。

 軽い音を立て落ちた飴を踏み潰した美禅の金眼が見開かれる。


「狗畜生は黙っておれ。ついでに化狸もじゃ……妾をこれ以上怒らせるな」


 美禅の瞳孔が針のように細くなる。美禅の本気の威嚇に、婀彌陀羅たちは口を紡ぐ。


野狐(やこ)ごときが……」


 本気で威嚇されれば、何も言い返せない婀彌陀羅たちを──否、婀彌陀羅を侮蔑の視線で見下げ美禅が吐き捨てる。

 美禅が一番気に入らないのは婀彌陀羅だ。

 同じ妖狐だからこそ、堕物に堕ちるような幼稚な者の存在を許せないでいるのだ。

 美禅の剣幕に店内が静まり返る中、自分の着物の両袖が引っぱられる感触に美禅の視線が下がる。


「も~美禅さま、いつまでこいつらに構うんです~つまんない~」

「こんな店早く出て、最天郷でごはん食べましょー」


 ぐいぐいと袖を引き、那玻璃と耶紺が子供の様に甘えた声で訴える。


「黙れっ!妾に指図するとはどういうつもりじゃ!」


 美禅の怒声に2人の肩がびくりと跳ねる。だが、2人は袖から手を放そうとしない。

 肩を振るわせながら、それでも目を逸らさずに自分を見上げる使い達を見て、美禅の細まった瞳孔がゆっくり丸みを帯びていく。

 昂ぶった感情を抑えるように息を吐き、目を閉じる。


「……そうじゃな、こやつ等に構う時間が無駄じゃ」


 そう言うと、長い髪を翻し踵を返す。


「次に会えば、その身を消されると思えっ!」


 そう言い捨て美禅は店の出口に向かう。美禅の後を追い、那玻璃と耶紺も去って行く……婀彌陀羅に舌を出しながら。

 美禅たちが店を出ると、店の中は一気に静まり返る。

 婀彌陀羅たちは揃って長い長い溜め息を吐いた。


「やっと帰ってくれた~」

「今回は短かかったな」

「毎度毎度……鬱陶しい女狐が」


 3人が息を吐くと同時に、息を潜めていた店内の客もざわつきだす。

 店の中で神使が暴れ出せば、周りの物の怪は無事ではいられない。それほどまでに美禅の力は圧倒的だった。

 一命を取り留めたと安堵する声以外にも、美禅の容姿に対し色めきだつ物の怪の姿もあった。


 そんな美禅に目をつけられている婀彌陀羅達にも不躾な視線が向けられるが、近づいてくる者はいない。大半は位の高い稲荷狐とのいざこざになど関わりたくないと見て見ぬふりだ。

 だが、この衝突は避けられようもない。美禅は人間に()()()()()神に仕えている。

 人間を憎み嫌う婀彌陀羅達とは、天地がひっくり返っても相容れない存在なのだ。


 そんな中──向かい側のテーブルで食事をしていた、人型をした男の妖がずかずかと近づいてくる。

 ざんばらな長さに切られた小豆色の髪を巻き込むように、額から頭までぐるりと飾り布が巻かれており、垂れた布で片目が隠れている。隠れていない方の目の色は澄んだ紫色。布の境目からは、横向きに尖った耳が覗いている。

 服装は忍者と山賊を掛け合わせたような身軽な装いで、テーブルに手をつき身を乗り出してくるこの男の行動から見てもよく似合っていた。


「おたくら、あんだけ言われて黙ってるなんて、あの嬢ちゃんに弱みでも握られてんのかい?それとも女だからって遠慮してんのか?」


 どうやら美禅の一方的な物言いと、下級の妖怪をバカにした暴言がこの妖の癇に障ったようだ。

 神使に目をつけられている婀彌陀羅達に関わってくるだけでも豪胆な精神の妖だが、その美禅に対しても怯む事なく苛立ちを露わにしている。

 苛立ちを含んだ紫の瞳には、何も言い返さなかった婀彌陀羅たちに対し侮蔑さえ浮かんでいた。

 だが、婀彌陀羅はその視線に気分を害することも無くさらりと答える。


「喧しい小娘が喚いた程度で怒るほどでもないだろう?」


 皿から落ちた料理を未練がましく見つめる軛の視界を手で遮りつつ、食べられないよう料理を回収しながら婀彌陀羅が言う。


「気の済むまで言わせておけば、それで終わる。食事の邪魔をされたくはない」


 残り少なくなった料理に手をつけながら軛が婀彌陀羅に続き言う。

 怒り心頭で帰って行った美禅とは逆に、冷静な返しをしたのが良かったのか、妖は乗り出していた身体を引き、どうにか納得しようとする様子を見せる。

 無駄な争いを避けただけ、そう捉えてくれれば対面もいい。

 まだむっつりと押し黙っている妖に、駄目にされた料理の追加を注文し終えた八瞞も間に加わる。


「あの稲荷ちゃんとは、前に人間相手に()()()()してた時、偶然出くわしてね~」

「それからというもの、あの女狐に目を付けられてかなわん」


 八瞞に続き、軛が吐き捨てる様に付け加える。

 いたずらと言えば可愛く聞こえるが、実際はそんな可愛らしいものではなかった。しかし、それを懇切丁寧に説明してやる必要もない。


「それに──、人間に害をなす存在という点では、あの小娘の言い分は間違ってはいないしな」


 不穏な言い回しをする婀彌陀羅に、男は「ふ~ん……」と鼻を鳴らす。

 人に害をなす──そのような気質や性質をもつ妖は、常世には掃いて捨てるほどいる。

 婀彌陀羅達が人間と敵対していると宣言しようと、特段珍しくもない。


 これ以上は話すことは無いと婀彌陀羅達が食事を再開すると、興味を失った妖も自分の席へ戻ろうと腰を上げた──ところで、思い出したかのように「あ」声を上げ、婀彌陀羅へ振り向く。


「ついでだから、聞いといてもいいかい?」


 ずっと気になっていたんだと真顔で妖が問う。


「なんだ?」

「その面付けたままで、なんで食事できるんだい?」

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