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狗憑區☆堕等々々  作者: 八々
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第一話(3) 堕物-1

 食事が終わった婀彌陀羅(あびだら)(くびき)は、絢爛界隈(けんらんかいわい)から商い通りへ戻ってきていた。

 絢爛界隈には大衆向けの飲み屋や食事処が多いが、軽食屋は商い通りの方が多くある。

 八瞞(はちまん)に「用無し」と置いていかれ何もする事の無くなった2人は、暇つぶしに軽食屋を回る。


 燃費の悪い軛は、ただ歩いていても腹が空いてしまう。

 一度に大量の食事を腹に収めたとしても直ぐに消化されてしまう為、次の食事までの繋ぎが必要となる。

 1件目の店で買った、柑橘系の餡が詰められた饅頭5個。

 2件目の店で買った、肉厚の蒸し肉と香草が交互に刺さった串物5本を、軛は立て続けに食べ切った。

 それだけの量を摂取しておきながら、軛からはまだ満たされた様子は感じられない。

 軛ほどの食事量を必要としない婀彌陀羅は、買い物をする軛を待つ間、暇そうに側の露店を眺めて回っている。


 露店を眺めていた婀彌陀羅の耳が、軽快な鈴の音を拾う。

 買い物を終えた軛も鈴の音に気づき、2人の視線が通りの先へ向けられる。

 視線の先には、頭に着けた小鈴を鳴らしながら弾むような仕草で歩いている少女がいた。

 距離が近づくと、少女の方も婀彌陀羅たちに気づいたようだ。少女はにぱりとお日様のような笑顔を浮かべる。


「んん〜〜!婀彌陀羅と軛にっ!」

(えんじゅ)


 槐は人の年齢で言えば10歳前後の見目をしている、見るからに活発そうな少女だ。

 鴇茶(ときちゃ)色の長い髪は頭の左右でお団子に結われ、小さな鈴が無数に着いた紐で巻かれている。少し先端が尖ったお団子頭は、遠目から見るとまるで彼女の頭に猫の耳が生えているかの様に見える。

 服装は動きやすさを重視した中華風の可憐な衣装で、腰下からは髪と同色の長い2又の尾が揺れている。

 彼女は、常世(とこよ)で昔から付き合いのある、化け猫である。


「浮かれているな」

「にへへ、分かる?分かる?」


 婀彌陀羅の言葉に、槐がさらに頰を緩ませながら話し出す。


「今日は珍しい石が手に入ったにっ!あれは加工すれば、きらきらの綺麗な飾りになるにっ」


 槐は常世で宝石や石を発掘、加工し、装飾具として売り出す「招き石」の店で働く従業員だ。


「ほんっつっとに手に入れるのに苦労したに〜。ぼくも鬼族みたいにお宝と縁のある人生を送りたいに」


 少し太めの短い眉を寄せ、槐は疲労感を滲ませる。

 軽く言ってはいるが、その石を手に入れるまでにかなりの時間を費やしたのだろう。

 ──と言っても、槐が携われるのは、その石の情報収集と場所の特定だけなのだが。

 槐は感が鋭く気転も働くが、石を発掘する力も体力も無く、加工する技術も天に見放されている。

 折角見つけた石を無駄にしないよう発掘や加工は「招き石」で雇われた、その手の熟練の職人(ベテラン)が担当している。

 その為、石の発掘場所の特定が終われば、槐は暇になり売り子へ回ることとなる。

 いくら良い品を作り上げても、売れなければ見返りはないのだから。


「今日は良い日にっ!そいう訳で、婀彌陀羅も何か買わないかにっ?」

「今は間に合っている。その珍しい石とやらは見てみたい気もするがな」

「あれは見たことない石だから、加工はまだまだ先になると思うに。婀彌陀羅が買うなら~……んー、髪飾りか、帯留めに加工するよう伝えとくにっ!」

「そんな高級品、(われ)は使わん」


 日々、石を扱う槐が見たことが無いと言う苦労して発掘した石など、どれほどの付加価値(プレミアム)加算がされるか分かったものでは無い。

 きっぱりと断りを入れる婀彌陀羅に、槐は猫のように擦り寄っていく。


「帯紐はどうに?その帯紐に付いている石も古そうだに」

「これは気に入っているから、変えるつもりはない」


 帯紐の先に吊るされた2つの円環型の石を撫でながら話す婀彌陀羅を見て、槐は何かを納得したようにそれ以上は続けなかった。


「たまには軛も買うといいに」


 ついでとばかりに話を振ってくる槐に、軛は首を振り、


「俺は装飾品などつけん」


そう突き放すと、軽食屋で買った最後の握り飯を口に放り投げる。やはり握り飯は、面に触れる前に消えていく。


「それならプレゼントにはどうかに?婀彌陀羅にでもやるといいに」


 婀彌陀羅を見上げてそう言う槐に、軛は腕を組んで不機嫌を露わにする。


「何故、俺がこいつに買わねばいかん」

「日頃仲良くしている友達へのプレゼントに〜」

「こいつが友だと?」

「違うのに?」

「違うのか?」

「違う。お前も槐にのるな」


 槐と一緒になって、揶揄(からか)ってくる婀彌陀羅を、軛は冷然に切り捨てる。


「今は〝友石〟〝義理石〟〝恩石〟なんて持ち上げれば、皆んなどんどん買っていくのに〜。人間界のチョコと一緒に、流行りは自分から作るものにっ!」


 槐は人間界の情報にも詳しい。

 ただの猫だった頃に、現世で他の野良猫に混ざり近所の年寄りに食事を貰っていた過去がある。

 そんな経緯から、化け猫になった今でも人間に対して、常世の住人と同じぐらいの親近感を持っている。


「そうに!加工前の石よりも、今日は他におすすめ品があったのに。そっちはどうかに?安くしとくに〜?」


 婀彌陀羅に擦り寄り、買って買ってと媚びを売る姿は、仕草が猫そのものでどこか憎めない。軛も呆れたようにため息を吐いているが、気分を害してはいないようだ。

 婀彌陀羅が頭を撫でると、ごろごろと喉を鳴らしながらもっと撫でてと言わんばかりに槐は頭を手のひらに押し付けてくる。

 その仕草に婀彌陀羅は苦笑する。これは何か買うまで離れないなと根負けしようとした、その時だった。

 通りの先で、大きな衝撃音が上がる。


「に゛づっ?!」


 急な大音に、槐が尾を逆立てながら身を硬くする。

 音の発生源からはかなりの距離があったが、地面から震動が伝わるほどの激しい衝撃がここまで伝わってくる。


「……なんだ」


 音の上がった方を警戒し、軛が2人の前へ出る。

 婀彌陀羅も目を向けると、通りの奥にある一軒の店が屋根から崩れ落ち、砂埃が舞い上っていた。

 店内や周りにいた妖が、散り散りに逃げている姿が遠目に見える。


「喧嘩か?」


 妖達の諍いは多大な被害を被る。

 人間とは身体の作りが全く異なり、力も体力も桁外れに高い者が多く、それに加えて妖術も使える為、一度暴れだすと手がつけられない。

 身体の大きな妖などは、腕を振るうだけでも周りの物は甚大な被害を受けてしまうのだ。

 暫く様子を見ていると、舞い上がった砂埃の中から、何かがのそりと動くのが見えた。

 砂埃が晴れると同時に、暴れていた妖の姿が現れる。

 その姿を見た瞬間、婀彌陀羅と軛はそれが何かを理解した。


「堕物か……」


堕物(おちもの)

 それは、忌むべきもの。

 闇に堕ちた、(おぞ)ましきナニカ。

 怨み、辛み、妬み、嫉み……。

 制御しきれない負の情に魂までも呑み込まれ、醜い化け物へと身を転した、人ならざるモノの成れの果てだ。


 変わり果てた姿となった堕物は、その身から尽きぬ濃い瘴気を放ち、周りの生き物を死に至らしめる。

 堕ちる以前の記憶を無くし、怨念にも近い憎悪に精神を侵され、見境なく暴れ回り、大切だった者にまで牙を剥く。

 自我を無くし(わざわい)を振り撒くだけの存在に成り果て、この世の全てを呪い破壊し尽くす。


 永久に──、

 その身が朽ち果てるまで──。


「ああなっては、終いだな……」


 腕を組み、婀彌陀羅は鼻を鳴らす。

 常世では堕物の存在は珍しく無い。

 力こそ全てのこの世界では、理不尽な仕打ちを受けるモノが後を絶たない。

 その結果、力の無いモノは悪意を募らせ堕物に転じやすい。


「堕物になれば、もう助けようも無いからな。いくらか暴れれば周りが始末にかかるだろう」


 そう言って、軛も傍観へ回る。

 元が妖である為、堕物の大半が妖術を使う。正気をなくした堕物に妖術を使われれば、周りへの被害は甚大なものとなる。

 野放しにする事もできず、その場に出会した荒くれ者や、腕っ節を試したい妖達が始末をする──、それが堕物が出た時の一般的な対処の仕方だ。


 一度、堕ちてしまえば、元の姿へは戻せない。

 消滅こそが、哀れな堕物を解放する唯一の方法なのだから。



  ☆★☆★☆★☆★☆★☆★



 婀彌陀羅は腕を組んだまま、堕物を観察する。

 通りの先で暴れているのは、黒い剛毛に覆われた、像2頭分もあるかという巨大な体躯の堕物だった。

 顔に目は無く、尖った鼻先の下には巨大な口が開かれ、その内部は奥までびっしりと細かい歯が生えている。

 奇形の手脚を振り回し、物凄い速さで商い通りを這い回る姿は不気味という他ない。

 崩れた店から這い出た堕物は、逃げ惑う妖を追って通りの反対側の店に頭から突っ込む。

 また次の店へ、その次の店へ。

 通りをじぐざぐに跨ぎ回り、店に巨体が突き込む度に、逃げ遅れた妖達が次々と堕物に喰われていく。通りには何体もの無残に喰い千切られた妖たちの残骸が残されていた。

 堕物は度々動きを止めては上を仰ぎ、口内の妖達を腹の中へ流し込んでいくが、口元には牙に引っかかった妖達の体の一部がぶら下がったままだ。

 喰われた妖の関係者と思われる者が、怒りの雄叫びを上げながら堕物に斬りかかる。

 だが、刃先が触れる前に、身を翻した堕物が振るった、触手の様に蠢く鋭い尾に体を貫かれ生き絶える。堕物へ挑戦する荒くれ者達も、幾人かが、その鋭い尾の犠牲になっていた。


 巨体で飛び回る動きの速い堕物相手に、妖達は苦戦を強いられている様子だった。

 商い通りは、常世でも比較的に安寧が保たれている場所であり、その場に集う妖達も戦いには不慣れな者が多い所為だろう。


(……堕物相手では、仕方あるまい)


 堕物の能力は、堕ちる前とは比べ物にならないほど増す。

 その要因は全て解明されたとは言えないが、理由の1つとして挙げられているのが精神の暴走だ。堕物と遭遇したことのある者なら知るところだが、堕物は常に精神の暴走状態にある。

 興奮、高揚、激高、状態は様々あるが、どれも決まって感情の高まりが極限まで達した状態で暴れまわる。自らの体の限界、疲れや痛みも全て、かなぐり捨てて暴走し続ける。精神が狂ってしまっているで、会話での解決もできない。

 さらに厄介なのは、周囲の瘴気をその身に取り込むことで力を増幅し続けることだ。

 瘴気の濃い場所では、上級の妖でも手の付けられないほど、その能力を強大なものにしてしまう。


 常世でも比較的瘴気の少ない商い通りに現れたのは、不幸中の幸いだったと言える。

 このまま待てば、妖達も(じき)にとどめを刺せるだろうと婀彌陀羅が考えていると──、今まで四方八方へ方向を変えながら、目についた物へ襲いかかっていた堕物の動きがぴたりと止まった。

 突き出た鼻をヒクヒクと動かし、無数の触手の尾を揺らめかせる。その様子は何かを探しているようでもあった。

 周囲の妖たちも状況が分からずに警戒を強めている。

 それを余裕の態度で傍観していた婀彌陀羅だったが──、


(……ん?)


 一瞬、目の付いていない堕物の視線が、こちらを捉えたように感じた。

 そんな違和感を覚えると同時に、堕物が猛然と走り出す。

 ここに来て堕物は進む方向を変えることなく、何故か真っ直ぐに婀彌陀羅たちの居る方へ這い寄ってくる。

 堕物との距離はまだ離れているが、移動速度が先程よりも増している。その様子はまるで、探していた獲物を見つけ一目散に仕留めようとする捕食者のそれだ。

 婀彌陀羅は気の所為だと自分に言い聞かせる。

 堕物との距離はまだある。自分の元にたどり着くより先に、他の妖へ標的を変えるだろうと思い込もうとするが、堕物は他の妖達には目もくれない。

 進行方向を変える処かより速度を増した様子の堕物を前に、徐々に焦りが生じるてくる。このままこの場に立っていれば、確実に激突し踏み潰されてしまう。


「なっ……、何故こっちに向かって来る?!」

「……次は何をしたんだ」

「またなの、婀彌陀羅……」


 またかと言わんばかりに非難の目を向ける軛と、哀憫な眼差しで見つめる槐。

 どういう訳か、2人は端から原因が婀彌陀羅にあると決めつけていた。


「あんな奴、我は初めて見るぞ!」


 冤罪を訴えるも、2人の視線の温度は変わらない。

 ──確かに、婀彌陀羅には日頃から他人に恨みを買われるようなことをやっている。度々、問題を起こしている自覚もある。

 けれど、それは『協定』を組んでいる軛と八瞞に対処させればいいだけの話だと、婀彌陀羅は考えている。問題が起ころうと解決さえすれば、何も無かったことと同義である。

 それ故、婀彌陀羅は声を大にし身の潔白を宣言する。


「あんな食い獰猛に手を出した覚えはない!」

「ならば()()()()()()の関係者か?今度はどこで何をした、キリキリ吐け」

「そんな暇があるように見えるのか?!アレを見よ!」

「どうやら、お前は先々月のやらかしも反省していないようだな?」

「いいからこちらを見とらんで、あちらを見れと言っとるんだ!」


 こんな状況で説教モードに入ろうとする軛に、婀彌陀羅が地団駄を踏み抗議すれば、空気を揺らすような咆哮が割り入ってくる。

 もはや言い合いをしている暇もない距離にまで堕物は近づいていた。

 まるで地獄の底から響くような怨嗟の唸りに、槐は尾を逆立て横にいた軛の服を握ったまま、身を硬くし動けなくなってしまう。

 婀彌陀羅が声を上げる。


「軛っ!槐を!」


 直後、堕物が襲い掛かかった。

 確実にこちらを標的とした軌道で飛び上がり──、喰らいついた。

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