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狗憑區☆堕等々々  作者: 八々
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第零話 プロローグ 霧と雨の中で

  激しい豪雨と共に風が唸り、木々を躍らせる。

 昨夜から降り続く雨は、その勢いを増すばかりで衰える様子がない。


 厚い雷雲が短い間隔で閃光しては、町全体に重い雷鳴を響かせている。

 まだ日が落ちるには早い時間だというのに、空は暗灰色の雲に覆われ、辺りは暗がりに包まれていた。

 早々に灯った街灯が道を照らすも、濃い霧によってその役目を果たせずにいる。


 ここ神代町(かみしろちょう)は、周りを低い山々に囲まれた盆地の中にある。

 その為、霧が異常に発生しやすい。雨が降れば住宅街までも霧で覆われてしまう。


 頻発する濃霧への対策として、街灯や誘導灯を設置するなどの対応はなされていたが、それは人の集中する市街地や住宅街が主であり、脇道や車も通れない狭い道は整備もされず放置されていた。

 そして、神代町にはそういった小道が数多く存在している。


 住宅街の隙間道、商店街の脇道、裏山へ繋がる小道──、昔から住む地元人や子供達しか使わない裏道だ。

 小道は長く、分かれ道も多く、複雑に入り組んでいる。そして、道の先は大半が町の郊外まで続いている。


 神代町の周りに広がる郊外は、町の中心部とは全く様子が異なる。

 ビルやマンションなどの建物は極端にその数を減らし、視界には一面の田畑や雑木林が広がっている。

 田畑の間を横断する道の端には鉄塔が整然と立ち並び、その奥には山々の麓が姿を見せる。

 カラオケ店や有名なチェーンストアさえない、誰もが思い描く絵にかいたような田舎町──。

 そんな緑豊かな自然が、神代町を囲い込むように隣り合わせに広がっていた。


 ──しかし、近年ではその現状は変わりつつあった。


 市が神代町一帯の地域開発に力を入れ始めた為だ。

 理由は神代町に集う〝観光客〟の増加が、大きな要因の1つなのだが──。


 神代町から郊外までを繋ぐ新しい道路が開通してから、開拓範囲はさらに勢いを増して広がっていった。

 山間を繋ぐ橋の架橋工事や丘の切り崩しなど、立て続けに工事が行われていき、開発が進むにつれて徐々に田畑の数も減り始めていた。

 

 そういった現状からきたのか、住民の間ではとある噂が囁かれていた。

 なんでも郊外にある広大な土地を利用し、さらに大勢の観光客を呼び込むための大掛かりな計画が持ち上がっているのだと──。


 それは巨大な商業施設だったり、宿泊施設だったりと内容は様々だったが、なにかしらの大掛かりな計画が進んでいるという部分だけは共通していた。

 次々と持ち上がる発案に、郊外に住んでいる地元住民との間では総合理解を広めるためと話し合いの場が設けられており、住民の反発を最小限にする為のパフォーマンスをみせながらも、裏では着々と話を進め、既に新しい道路の開通時期は決定しているのだと──、そんな噂話が住民の間では囁かれていた。

 最近決まったと言われている、とある山の一部を切り崩しトンネルを開通するという話が、噂話の信憑性を高めていた。

 

 では、噂話を聞いた神代町の住民達はどうしたのか?

 答えは言うまでもない──無関心である。

 そんな噂話を真剣に吟味する者などいない。元より郊外に住む者とは違い、便利な生活に慣れ親しんだ者達からすれば、より生活が快適になるのならば、田畑の数がいくらか減ろうと関心を向けるには値しない。

 住処を追われる()()()でもなければ、噂は噂のまま漂い、形を変えることはないのだから。

 


 ──そんな、発展途上である神代町の郊外を囲む山々の内の1つ『七霧山(なきりやま)


 七霧山は広大な田園の奥に位置する。

 山の麓に通る細い脇道を進むと、車1台がようやく通れるだけの狭い傾斜の山道が現れる。ここが七霧山に入れる唯一のまともな道だ。


 その道をずっと登った先には、拓けた空間があった。

 過去に人の手が入ったことが窺える人工的な平地。だが、そこに何かが建てられた形跡などは見当たらない。

 何もない平地の端には、ひび割れ今にも崩れそうな石灯籠がぽつりと置かれていた。

 石灯籠の傍らには、寄り添うようにそびえ立つ一際太く長い大杉が1本。


 その杉の木の上──、太く伸ばした枝の一つには2つの人影があった。


 街灯も月明かりもない山中は真っ暗だ。

 さらに周りは大雨という環境。

 一歩先の足元すら目視できない暗闇の中で、人が居ることさえ信じられない状況でありながら、さらに不可解なことに2つの影は木の上にいる。


 地面から10メートルはあるかという高所に位置し、平面ですらない枝の上に立ちながら影は微動だにしない。

 木の上に括りつけられた案山子だと言われた方が、まだ違和感なく納得ができる程に。


 激しく降り注ぐ雨粒を受け、肩にあずけられた和傘がバタバタバタと大きな音を立てる。

 2人分の雨音が合わさり、その音は倍となって鼓膜を刺激する。


「……止まないな」


 右側に立つ長身の影が静かに呟く。男の声だ。

 声がかき消されそうな雨音の中でも隣にいる者には声が届いたようで、返答は直ぐに返ってきた。


「明日の降水確率も九〇パーセントらしいぞ」


 こちらは右側の男よりも、僅かに年若く思える男の声。影も長身の男より頭1つ分ほど低い。


「はぁ…梅雨は髪が湿気るから好かん」


 忌々しそうに長身の男は、右頬に垂れた髪を払いながら愚痴(ぐち)を零し────沈黙。

 会話が途切れると、2人は同時に凝った気のする首を傾け、コキリと首を鳴らした。

 もう次の会話をする気力も削げるほど、2人はこの場所に立って無用な時間を過ごしているのだ。


 何故、大雨の降る中を暗い森の中で立ち往生しているのかというと、簡潔に言えば付き合いだった。

 2人の視線が元凶のいる方へ自然と向かう。

 2人が立つ杉の木の下。石灯篭の側には頭から布のような物を纏った男が雨に濡れるのも構わず、両手を広げ立っていた。


「あ゛ ー……雨、キモちイィ」 


 激しい雨に打たれ恍惚とした声を出している男の背を声はどこかくぐもって聞こえる。

 その男の姿を見下ろしながら、長身の男が不機嫌な声で言う。


「アレは一体何をしている」

「さぁな、雨乞いじゃないか?もうこれ以上ないほど降っているがな」

「何故、あれを連れてきた」

「何故もなにも、ここの管轄は彼奴(やつ)だろう」

「その本人にやる気を微塵も感じんから言っている。わざわざこの雨の中、足を運んでやっいるのに──」


 空が激しく光る。直後、苛立つ男の声を遮るように、地を震わせる大きな音が響いた。雷だ。


「ぷふ、……落ちタ落ちタ♪」


 下から聞こえてくる声に喜悦(きえつ)が混じる。その声に含まれた嘲笑が、自分に向けられたものだと気づいた長身の男が静かに拳を握る。


「殴るか」

「……ふぁ~」


 それを止める素振りも見せず、隣の男はどうでもいいとばかりにあくびを零し、山の入り口の方へ首を向ける。


「……この雨ではもう来ないのではないか?」


 ぼやく様に言われた言葉に、拳を握った男も黙り込む。

 2人は()()この場に来る客を持て成すのだと言う、下にいる男の付き合いでやって来ていた。

 だが、山に来てから既にかなりの時間が経っていたが、自分達以外に誰かがやって来る気配は一向に、微塵も感じられない。


 それもそのはず、野生動物さえ巣穴から出てこない大雨の中を、ぬかるんだ山道をわざわざ登ってくる者などいるはずもない。

 2人は自分達の方が、不自然な行動をしていることを今まで自覚していなかった。


「……だろうな、時間の無駄だった」


 薄々気づき始めていたことを指摘され、何故この場に来る前に気づかなかったのかと長身の男は落胆を滲ませる。

 意見が合致すると、小柄な男は声を張り下にいる男へ声をかけた。


「おい(むじな)、そろそろ帰るぞ!」


 その声に、狢と呼ばれた男は振り返り上を見上げる──と同時に、男の側にあった崩れかけの石灯篭が淡く灯りだす。

 四角く口の開いた火袋から、炎の明かりとは明らかに異なる青白い光を静かに灯している。

 この大雨の中で周囲に火元などあるはずはなく、側に立つ男が何かをした素振りもない。

 だが、その奇怪な現象に、この場の誰も驚く様子を見せない。


「あ、もう帰ル?」


 灯篭の光で下にいる男の全身が闇に浮かび上がる。

 振り返った男の装いは、実に面妖なものだった。


 雨除けのためか、頭から枯草(からくさ)色の大布を被り全身を覆っている。

 何の素材で作られた物なのか、この大雨の中でひたすら雨に晒されていたというのに、水を吸った様子もなく、男の動きに合わせて裾が揺れる。

 地面から浮いた大布の間からは下駄の歯が覗き、大布から僅かに隙間の開いた胸元からは着物の襟元が見える。深緑色に染められた着物はきめが細かく、遠目からでも質の良さが窺える代物だった。


 それだけならば、まだ人目を引く程度の恰好だったが──男の顔、その顔の上半分には、黒い狸を模した半面が着けられていた。

 口元には、半面の足りない部分を補うかのように、黒い防毒面(ガスマスク)を装着しており、顔が隙間無く覆われている。

 町を歩いていれば、即座に変質者だと認識されてしまうほど、可笑しな装いの男だった。


「ああ、もういいだろう」


 小柄な男の返答と共に木の上の影が動き、傘を持った2つの影が木から飛び降りてくる。

 枝から地面までの距離は、生身では到底飛び降りれない程の高さがあったが、2人は膝と足先を少し動かした程度の僅かな動作しか見せなかった。

 2つの影が静かに地面に着地し、青白い光に照らされた姿が露わになる。

 こちらも狸面の男と違わず、その恰好は実に異様だった。


 黒い狐面と黒い狗面で顔が覆われている。

 狗面の男は、柔らかそうな暗い灰髪の短髪、その髪の右側だけが一部顎下まで伸ばされている。体格が良く、背が高い。

 装いは和装で、暗い青と黒を基調とした着物に、袖の巻かれた肩には黒の襷。腕には肩当てや小手が巻かれ、下肢には括袴の上から脛当が取り付けられている。

 歯の高い下駄を履いている所為で、元から高い身長に加え、その頭頂は優に2メートルを超しており、腕を組んで立っているだけでも威圧感がある男だった。


 狐面の男は、紺の混じったような艶やかな黒髪の短髪を、横だけ長く伸ばし胸元で束ねられている。その髪の毛先だけが朱色を纏い、灯籠の光を反射し不思議に煌めいる。

 服装は同じく和装で、襟高の黒い襦袢、その上に朱色を基調とした着物を纏い、体格よりも大きめの赤黒い羽織を着ている。長い布を折ったような括袴に、のめりの効いた高下駄。

 他の2人と比べると体格は華奢であり、少年と青年の中間といった様子だ。声を出さなければ、面を着けていることもあり性別さえ分かり難い。

 そして、その細首には、腕よりも太い赤黒い布綱が首輪の如く巻かれていた。


 現代にそぐわない異様な風体。

 その上、面で顔を覆っている所為で、側からは表情を読めもしない。

 面妖な雰囲気を纏う、なんとも薄気味の悪い3人組だった。


「これ以上待っていても、今日はもう来ないだろう」

「だろうね、この雨だし」


 そう言った狐面の男へ、狸面の男がさらりと返す。

 余りにも当たり前のことように返事を返され、狐面の男が首を傾げる。


「なら、何故さっさと解散せんのだ?」

「万が一ってこともあるシ、ほら、ここ俺の縄張りでショ?心配デ?」


 こちらも同じ方向へ小首を傾げて見せながら、今考えたかのような返答を返す。その様子からは本人が言うような心配などという感情は微塵も感じられない。

 そのふざけた態度に狗面の男は一度下げたはずの拳を握る。


「また……お前のどうでもいい暇つぶしに、付き合わされただけ、という話で異論はないようだな?」


 ここに滞在していた時間が本当に無駄な時間だったと知り、狸面の男の胸ぐらを掴み怒りを露わにする。


「首の骨からやれ」

「わあ、凶暴ゥ―」


 狗面の男を後押しする狐面の男の言葉にも、狸面の男の態度は変わらない。両手を広げ、無抵抗をアピールしている。

 いつもの流れだ。

 どうせ決着はつかないと分かっているだけに、狐面の男はもう構うのも面倒だと余所を向き、手に持った和傘をくるくると回す。

 騒がしい攻防と、言い争う声。

 このまま、つまらない諍いが続くかと思われたが、思わぬ所から仲裁が入る。

 一際強く、稲光が光った瞬間、

 ド ォン──…………

 再度、落雷が落ちる轟音が響き渡り、雨が一層の激しさを増した。最早、傘を差していても意味がないほどの豪雨だ。


「はぁ……もう用が無いのなら、(われ)は帰るぞ」


 狐面の男がそう言うと、気が削がれた狗面の男も渋々と引き下がる。解放された狸面の男が襟元を整えながら言う。


「では、そろそろ引き上げますかネ~」

「ああ。無駄に時間を浪費して腹も空いたしな」

「同感だ」


 このまま解散かと思われたところで、狸面の男が2人に提案する。


「なら、お茶でもしてイク?通りに新しくカフェができたらしいヨ」

「かふぇ、か」

「茶は腹に溜まらん」


 狗面と狐面の男からの反応は良くない。なにも狸面の男の誘いに乗るのが嫌なわけではない。

 食事において質より量を要する2人にとって、メニューの少ないオシャレなカフェというものは、あまり関心が無いだけだ。


「流行りに流されるだけの流木が」

「まぁ、狢は気触(かぶれ)れてるからな」


 それを棚に上げ、時代に乗り遅れた者達の態度はふてぶてしい。


「酷い言い草だネ、君らも人のことそんな言えたもんじゃないクセニ」


 拗ねた声音でそう言いながら、「ちゃんと食べ物もあるヨ」と言葉を付け足す。その言葉に否定的だった2人も、僅かばかり興味が惹かれたようだった。


「……だが、この雨の中を今から街に降りるのか?」

「評判の店だヨ。おすすめはリンゴのまるごとパイだっテ」

「パイか……」


 パイを思い浮かべているのだろう狗面の男の横で、


「ぱい……たしか、パンの上に具の乗った、あれか……」


 などと狐面の男が呟いている。おそらく別の物を思い浮かべているだろう様子に、狸面の男も説得が無駄だと悟る。


「アー……、ならいつもの所にでモ──」


 と、妥協しようとしたところで、ある事を思い出した。


「そういえば持ち帰りもやってたヨウナ……」


 その言葉を聞いた2人の決断は早かった。


「「テイクアウトで」」


 声を揃え使い慣れた様子で流暢(りゅうちょう)に告げられた言葉に、狸面の男が呆れを滲ませる。


「……君らも充分、気触(かぶ)れてるって自覚してよネ」



 町へ降りることが決まり3人は歩き出す。山の出口に繋がる細い山道へ向けて。

 しかし、数歩足を進めた先で、3人の姿は消えていた──。

 闇で姿が見えなくなったのではない。元より誰も居なかったかのように、忽然と姿を消したのだ。

 激しい雨の降り続ける森の中には、もう生き物の気配は感じられない。


 その場に残っているのは、灯りの消えた石灯篭と、そして──雨に打たれている『開拓地』と書かれた立て看板だけが残されていた。

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