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俺は王立学園入園とともに、自分の可愛さについて思い知る。
「あの子、可愛いな」
ヒソヒソと聞こえてくる声の先に顔を向けると、男子生徒がいて顔を真っ赤にさせて目を逸らした。
「何なんだ。あれ」
目が合ったら即喧嘩というような環境に育ったので、男子生徒達の反応に俺は違和感しかなかった。
ジョイフルは、というと、目を逸らした男子達を思いっきり睨みつけている。
勝手に俺よりも先に喧嘩を買うな。
「マリスが可愛いからだと思うよ」
ジョイフルの何度目かの「可愛い」に俺は鳥肌がたった。
冗談ではなくて本気で言っていているように聞こえる。
じゃあ、本気で可愛いと俺のことを思っているのだろうか。
「ジョイフル……、お前、脳みそだけじゃなくて目もとうとう腐ったか?」
「マリス!頼むから気をつけてくれ。君は誰よりも可愛い。誰よりも輝いて俺には見えるんだ」
ジョイフルはちゃっかり俺の両手を包み込むように握りしめる。
そんでもって、恋に溺れた男が言いそうなセリフを口にする。
こいつ、とうとう壊れたか。
「……」
俺は、遊びすぎて壊れたおもちゃを見ているような気分になった。
その瞬間だった。
一人の女子生徒が俺にぶつかってきた。
「きゃっ!」
「のわっ!」
あまりに突然の事だったので、後方に倒れそうになったがすぐにジョイフルに支えられた。
女子生徒は、俺とは違いよろめいた様子もなかった。
「あ、大丈夫か?」
髪の毛は俺と同じピンク色。瞳の色も同じスカイブルーをしている。
紳士の礼儀として女子生徒に大丈夫かと声をかけると。
「大丈夫です」と、返事が返ってきた。
その子を見て俺は可愛いな。と、思った。
もっと、話したいと思ったが女子生徒は、すぐにどこかに行ってしまった。
こうして始まった学園生活だが、ジョイフルに悉く邪魔をされるものになった。
何を邪魔されるかというと俺の婚活だ。
女好きそうな男子生徒に「俺と契約婚しないか?」と、声をかけに行こうとするとその度にジョイフルが邪魔をしにくるのだ。
「お前!もういい加減にしろ!」
俺はいつものようにジョイフルをぶん殴る。
「マリス……!頼む!他の男なんて見るな!」
ジョイフルは言うなり、地面に頭を擦り付けて俺に懇願を始める。
それは、いつもの頼れる兄貴分のジョイフルとはかけ離れていて、恋は人をここまで変えるのかと恐怖した。
「じ、ジョイフル、やめろよ。情けない」
人目はないけれど、こんなジョイフルを見られたら何と思われるのだろうか。
「お前が俺のことを見てくれるなら、何だってする!」
血走った目でそう言われて、俺は怖くなった。
「やめろって言ってんだろうが!」
ジョイフルを今度は蹴り上げると「いちご……」と、俺のパンツ柄を報告して奴は吹っ飛んだ。
ジョイフルの両鼻の穴からとめどなく血が出ている。
これじゃ、殺害現場だ。
「おい、ジョイフル起きろ!」
そこに、一人の男子生徒がやってきた。
俺たちのやりとりをオロオロとした様子で見ている。
「……」
しばらくの沈黙。
俺はあることに気がついた。
そうだ。ジョイフルの血痕がまだある!
「……この、血痕はなかった事にしてください!」
叫びながら俺はジョイフルの髪の毛を掴んでその場から走り去った。
卒業までの月日、どれだけ頑張っても結婚相手は見つけられなかった。
ジョイフルが悉く邪魔をするからだ。
迎えた卒業パーティーで俺はとんでもないことに巻き込まれた。
「ミラー!すまない。僕の有責で婚約破棄してくれ!」
一人の空気の読めない男が、婚約者に婚約破棄を宣言したのだ。
俺は他人事のように成り行きを見ていたが、なぜか名前を呼ばれた。
「マリス!来てくれ!僕は君と結婚する」
もはや何が起こっているのか俺にはわからなかった。
「意味がわからねぇんだけど」
呼び出された俺は戸惑いを隠せなかった。
何を言っているのか本気でわからず、頭をポリポリも掻く。
男子生徒はというと、またとんでもないことを言い出す。
「君と僕はすでに結婚しているじゃないか」
「はぁぁあ!?」
何を言っているのかわからない。そもそも、俺は身も心も戸籍もクリーンだ。
こいつ、ジョイフルレベルで意味不明だけど殴れば元に戻るかな?
そんなことを考えていると、今度はジョイフルが現れた。
「マリス、どういうことだ!俺というものがありながら」
「いや、知らんがな!」
いつもの流れでジョイフルを勢いよく蹴ると、鼻血を吹きながら奴は倒れた。
「ぶっ!」
「あっ、」
蹴ってから気がついたが、淑女のすることじゃない。
「この血痕はなかった事にしてください!」
俺の言い訳に、呼び出した男子生徒は突然青ざめ始めた。
「えっ、まさか……」
「この結婚はなかった事にしてくださいは、この血痕はなかった事にしてください。という事なのか!?」
「何言ってんだよ。お前!」
こいつ、マジで何を言っているのかわからない。
しかし、「よかった」と呟いて婚約者の所に戻り「勘違いだった。申し訳ない」と謝っているので解決したのだろう。
「何よ!何よ!何よ!アンタ何でモテてるのよ!」
突然の叫び声。
いや、知らないし。モテてるとは言い切れないだろ。
そんなことを考えていると一人の女子生徒が現れた。
彼女は、俺と同じピンクの髪の毛をしていて、スカイブルーの瞳をしていた。
入学式の時にぶつかった子だった。
彼女は3年間の間に随分と成長したようだ。胸が。
「私が、この世界のヒロインよ!」
唐突に叫び出すこの世界のヒロイン。俺は知らんがな。と思った。
「私は可愛いのよ!なのになんでこんなガサツな女の方がモテるのよ!」
地団駄踏むたびにプルプルと揺れる乳に、俺は無性に腹が立っていた。
もしかしたら、巨乳とは、環境型のセクシーハラハラ、略して環境型セクハラなのか。
羨ましい。
俺は貧乳のままだ。少しも肉がそこつかなかった。
「アンタなんか死んじゃえ!」
言うなりヒロインは、たわわな胸を引きちぎり俺に向かってぶち投げてきた。
「へっ!?」
突然の事に俺はレシーブをして胸だった球体を地面から弾き返す。
「おい、ジョイフル、トスだ!」
「任せとけ!」
ジョイフルに声をかけると機械のような精密さで俺にトスをしてきた。
レシーブ、トス、ときたら次に返すものは決まっている。
だから、俺は……。
「ブサイク!」
「ぶへっ!」
俺の放ったスパイクは、先ほどの男子生徒の顔面に直撃した。
彼は情けない声と共に人とはかけ離れた顔をしてその場で気絶した。
胸だったものは、地面につく事なくヒロインが拾い上げた。
「シリコン製よ!」
ヒロインは得意げにそう叫んだ。
これは、シリコンバレーのようだと俺は思った。
また飛んでくるシリコン製の胸に、俺は再びレシーブを返す。
そして、ジョイフルが正確なトスを投げる。
スパイクの構えを取り俺はあることに気がついた。
「巨乳が、環境型セクハラなら、シリコンバレーは産業型セクハラ!」
俺の放ったスパイクは、地面を裂き地中の奥へと突き進んでいく。
「うわぁぁ!!」
その穴にヒロインは飲み込まれていった。
「終わったのか……」
謎の満足感と共に俺はその場に座り込む。
よくよく見ると、俺のアタックの被害にあった人たちが皆気絶している。
「マリス、好きだ。だから、もうこんな危ないことはしないでくれ」
俺のアタックの被害を唯一受けなかったジョイフルがそんな事を言い出す。
そろそろ、覚悟を決めないといけないのかもしれない。
ジョイフルはずっと俺を好きだと言い続けてくれた。いい加減、その想いに応えるべきだと思う。
「……ジョイフル、俺が男に戻っても好きか?」
「ああ、もちろん、好きだ」
予想通りの返事に俺は微笑む。
「俺、親父に似てるから覇王みたいな猛者になるけど、それでも変わらず愛してくれるのか?」
「当然だ!」
「禿げても?」
「ああ」
「太っても?」
「もちろん」
ジョイフルは、俺が猛者になっても愛してくれるようだ。
今は、可愛い乙女だが、元に戻っても変わらずきっと愛してくれる。
「実は、あの呪われた日の少し前からすね毛が生えてきたんだ。それでも」
「俺の想いは変わらない。それに、禿げは人類の進化だからいいことなんだぞ!」
「俺、結婚を前提とした婚約を受けるよ」
俺たちはこうして婚約した。
ヒロインがどこに行ったのか知らない。
きっと、この星の核にいるのだと思う。
そして、この星を回し続けているはずだ。
終わりです
ありがとうございました
気分転換に書きましたがすっきりしました!