指みたいなもの(その2)
部屋の空気が淀んでいるように感じて、カビと埃っぽい匂いが部屋に充満している気がする。
健一は普段、他人のことに関して無関心とよく言われるのだが、この映像に映っている男に対して、こんな奴は死んだほうが良いと思った。
この男がやっている行為に対して全般的に殺意を覚えるが、何よりも人を見下しているこの細い目が何よりも気に食わない。
健一は眉を潜めながら鼻からゆっくり息を吸い、ふーっ、と大きく息を口から吐き、気持ちを落ち着かせようとした。
「中村はこの男が誰だか知っているのか?」と健一は訊いた。映像はまだ続いている。
「知っている」中村は答え、椅子から立ち上がった。「こいつはその子が入っている児童施設の運営会社の代表だ。児童施設は会社の一つ。俺はそこで担当として健康診断の診察に行ってたから顔見知りなんだよ」ため息を吐きながら言った。
「もう少しでそいつはここに来る」
「なんで?」健一が返す。
「俺が事前に呼んだからだ。この場所は特に店の看板とかも出していないからな。どんな場所かどうかも奴にはわからないだろう。あいつは普段、本土にいるんだよ。月に一回この街に来る。このタイミングを逃したくなかった」
中村は額に手をやり続けて言った。
「噂は前から聞いてたのに。止めることが出来なかった。まさか、あんなことまでやってたなんてな…」
健一はなんと返したら良いのかわからず、二人の間に沈黙が続いた。
すると、入口のドアが開き、髪をオールバックに固め、青いストライプのスーツを着た男が現れた。思っていたより背が高い。180以上はあるだろうか。
中村が男に近寄り言った。
「お待ちしておりました。高野社長。わざわざお呼びして申し訳ございません」
どうぞ、どうぞと中村が健一がいる部屋の奥まで通す。
高野は健一の方を見て「そちらの方は?」と言うと直ぐに続けて、ユニットに横たわっている子を見て「この子は…」と呟いた。
そして、モニターに目線が行き、自分の映像を観て全てを悟ったのか「貴様ァ!」と高野は叫び、怒鳴り散らし、中村と健一を睨みつけた。
体格のいい男の怒鳴り声は肌に振動が伝わるほどだった。
中村は高野に負けないぐらい大きな声で言い、睨み返した。
「あんたは、子供をなんだと思ってんだ!自分の会社に関わる人達を幸せにしたい?大層な理念を抱えているのに、醜い欲望だらけだな!」
次の瞬間、ビュッと風切り音がした。その音とほぼ同時に高野の右オーバーハンドブローが中村の顔面に迫っていた。
中村は反応ができず、弧を描いて飛んできたパンチを食らってドサッ!と背中を壁にぶつけ床に倒れてしまった。
そして、高野は子供の頭に付けているヘルメットを無理やり外そうとした。
健一はそんな高野に対して止めに入る。
「やめろっ!外すのは危険だ!強制的に接続を切るな!」
この子の脳には磁気刺激が続いた状態で、ヘルメットを無理やり外そうとすると刺激のポイントがずれて危険だ。この子の脳に対して何が起こるのかわからない。
健一は鼻からフッと息を吐き、高野の懐に踏み込むのと同時に右肘を高野の鼻に食らわせた。
この時、健一は手応えを感じていた。が、高野は少したじろいだ程度だった。
高野は健一の襟を左手で掴み、距離を引き離した。
健一はまずいな。と思った。30kg以上の体重差があるであろう相手に掴まれたら最後だった。
首に高野は右手を添え、体重を載せた突っ張りを食らわせてきた。
健一は後ろに飛ぶような勢いで壁に頭を打ち付け、ガハっ!と言い、うつ伏せで倒れた。
高野は子供が装着しているヘルメットを乱暴に外し壁に投げ、モニターを床に叩きつけ、本体の機械も蹴り壊した。
高野は暴れまわり事務所の窓ガラスも割れ、事務所は悲惨な状態だ。
暴れ疲れたのだろう、高野からハー、ハー、と荒い息が聞こえる。
健一はボロボロな状態で立ち上がろうとするが、上手く立てない。中村をチラッとみたが完全にノビてしまったようだ。
子供の状態が気になる。立てない健一は這って子供が寝ているユニットに行こうとするが、高野に蹴り飛ばされてしまう。
すると、サイレンの音が段々と聞こえてきて、高野は逃げ出そうとした。
それを止めようと、倒れた健一は高野の足を捕まえて止めようとするが、足を思い切り踏まれ、顔面を蹴られてしまう。
それでも、健一は手を離さなかった。何度も蹴られても離さなかった。離すわけにはいかなかったのだ。こいつを逃してはいけない。
「お前みたいなやつは生きてちゃいけない奴だ…」
息も絶え絶えになりながら健一は言った。
その時…高野の足に割れた窓ガラスが突き刺された。
寝ていた子供が突き刺したのだ。
2回、3回と突き刺し、高野の足から血が出たが、子供の手からも刺す度に赤く染まっていく。
床に這いつくばって、高野の足にへばり付いている健一の手にも血が流れてきた。
意識障害だった子供が目を覚ました?高野が無理やりヘルメットを外した影響から意識が覚醒したのか?健一は思わず掴んでいた手を緩めてしまった。