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誰かの声が聞こえる。水の中で音を聞いているように、輪郭のぼやけた声だ。何を言っているのかわからない。この島に来て以来、ずっと続いていた頭痛がすっきりと治まっていた。
耳元で、獣のような吐息が聞こえた。
「おい、大丈夫か」
目を開けると、プラトンの顔があった。あんまり顔を近づけるものだから、彼のヒゲが僕の顔に当たってこそばゆい。
なんだか長い夢を見ていたような気がする。掌に、拳に、何かムズムズした気持ちが宿る。あんまり楽しい夢ではなかったような――まだ寝ぼけている。
「何してる。ここは立入禁止だ」
ハッと目を開いた。寝ぼけていた頭が、徐々にクリアになってゆく。
「ここは立入禁止と言ったはずだが」
無機質な声。いつもとは違って聞こえる。怒っているようだ。それはそうだ、彼らにとっての聖域を僕は侵したのだ。
彼の顔はいつものような軽薄さはなく、別人に見えた。
僕の体は彼に抱き上げられていた。
「どうした?」
なんと言えばよいか答えあぐねていると、プラトンの眉根が寄ってゆく。
ふと、辺りを見回す。モノリスの前だったはずだ。見上げると、ただの山肌だった。
「あれ、モノリスは?」
「何を言っているんだ。変な夢でも見たのか?」
そこにあったはずの、巨大な黒い板は消えていた。本当に、ただの山になっていた。
「嘘だ、ここにはモノリスがあって……」
「一体何のことだ、モノリスって。そんなことより、早くここから出るぞ」
「いやだ、僕はモノリスと一体になるんだ」
僕は必死にもがいて、プラトンの腕から脱出しようとした。
「落ち着け」
プラトンの筋骨隆々なたくましい腕からは、僕がどんなに頑張っても抜け出ることは出来なかった。




