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仏に逢うては仏を殺せ 父母に逢うては父母を殺せ  作者: よねり


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 森の中は、バリケードの前も後もかわらなかった。そこが、バリケードの前か後か。ただそれだけだ。

 時折、足音のようなものが聞こえた。僕が足を止めると、一歩後れて相手も足を止める。振り返っても、人の姿は見えなかった。

 奥に進むにつれ、足音だけではなく、息づかいまで聞こえてくるようになった。それは獣とは違って、人間の呼吸に聞こえた。

「これが……」

 森を抜けると、すぐにそこは山肌が見えた。いや、これは山肌ではない。モノリスだ。真っ黒な光沢のある大きな板である。僕はこれを山だと思っていたのだ。

 自然と手が体の前に出た。指先は小刻みに震えている。今、目に映る自分の手は小動物の手だ。大きな力の前に、為す術もなく怯えている。

 一歩、また一歩、足が自然とモノリスに近付いて行く。モノリスから、何か波動のようなものを感じる。錯覚だろうか。掌の表面が、120Hzくらいで波打っているように感じている。しかもそれは、モノリスに近付くにつれて大きくなる。このままモノリスに近付いていったら、手の先から僕の体が分解されてしまうんじゃないかとさえ思えた。

 果たして、そんなことはなかった。恐る恐る触れたモノリスの表面は、ひんやりとしていた。冷たいというよりも、僕の熱を奪っているようだ。

 僕の足は止まらない。さらにそのまま足を進めると、手の先がモノリスの中に沈み込むように吸い込まれた。

「はっ」と息を呑む。僕の手はどこへ行ってしまったのか。痛みもなければ、くすぐったくもない。何の抵抗もなく、スッと飲み込まれて行く。

 やがて、体がすべて飲み込まれてしまうと、そこには無限の闇があった。

 モノリスに吸い込まれたはずの僕の腕は、どこにも見当たらない。それどころか、足も、胴体もない。手を動かす感触はあるのに、顔に触れない。まるでこの空間に溶け込んでしまったみたいだ。

 一歩、足を進めるたびに体が溶けてゆく。しびれて、体と部位の境界があいまいになってゆく。溶けた個所はもう見えないけれど、失った部位が気持ち良い。

 何か、背後から声が聞こえたがそんなことどうでもよかった。そのころには、すっかり脳みそまで侵されていた。

 全身が、モノリスの中に入った。

 不思議と心地よかった。モノリスに触れる前とは打って変わって、少しの不安もない。

 脳が痺れるような平静。

 静寂。

 漠寂。

 茫漠。

 沈着。

 平穏――ここには人の求める全てがある。そうだ。人はこういうことを求めていたのだ。

 ああ、これはなんという心地良さだ。

 満開の花畑を飛行するミツバチのように、

 生ゴミの中を這いずるウジ虫のように、

 天使はなんのために地球に来たのか不思議だった。侵略が目的なら、ものの一日もたたずに完了していてもおかしくない。それくらい、戦力に差があった。それに、天使にやられた人間は、みな一様に幸せな顔で死んだ。今ならわかる。きっと、天使たちはこれを伝えたくて人類に接触してきたのだ。天使の光を浴びて、呆けたように動かなくなった人たちは、この気持ち良さを味わっていたのかもしれない。

 脳の中に水がしみ込んで来るような感覚があった。少しずつ、忘れていた記憶がよみがえる。

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