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「あんた、あそこに行く気でしょ」
僕はルネを連れて海へ来た。いつかルネとデカルトとソクラテスとで来たところだ。彼女の母親も誘おうと思ったが、いつの間にかどこかへ行っていた。
あそこって――とぼけようと思ったが、彼女にそれは通じないことはわかっていた。
「ああ、そうだよ」
「やめなよ」
「どうして」
「それは……どうしても。あたしたちはあそこに行っちゃいけないんだよ」
「村の掟で?」
「そう」
「なんで、そんな掟ができたの?」
「知らない。わかんない。だって、あたし子供だもん」
「僕はそれを知らなくちゃいけない」
「なんで? 今の生活がなくなっちゃうかもしれないんだよ。良いの? 奥さんが戻ってきたんでしょ」
ルネは涙目になった。それを見て心が痛むと同時に、言いようのない怒りを覚えた。これはルネが自発的に考えていることではないからだ。こんな子供に、こんなことを言わせている奴がいるのだ。その正体を暴かねばならない。それが天使なのか、ポセイドンのような神なのかはわからないが。
「僕はね、今の生活がなくなることがずっと怖かったんだ。妻さえいれば良い、確かにそう考えていた。でもね、わかったんだよ。僕の人生をコントロールするのは、僕自身であらねばならないってことをね」
なぜか、今の台詞には聞き覚えがあった。
どうして、僕はこんな言葉を口にしたのか。
そもそも、どうしてこんな風に考え出したのか。きっかけは何だったか。
頭痛が始まった。記憶がフラッシュバックする。
僕は妻の首を絞めている。
ああ、どうして僕はこんな白日夢ばかり見るんだろう。
いつも、妻を殺すものばかりだ。
こんなのは記憶でも何でもない、全く身に覚えがないのだから。
それでも、僕の手は勝手に妻の首に力を入れる。
妻は犬が唸っているような声を上げて、口から泡を吹いた。
僕は今、どんな顔をしているだろう。
妻の目から、涙がこぼれた。
なんて綺麗な涙なんだろう。
こんな綺麗な涙を流す人なんて、僕は知らない。だから、この人を必ず自分の者にしたいと思った。




