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火事を起こしてしまって、僕はどうしたら良いのかわからなかった。冷静に考えてみれば、それより早くシモーヌを救い出さなければならなかったのだが、なぜか彼女のことは頭から消えていた。
混乱して走り回っていると、炎を見た村人たちが集まってきた。しかし、彼らは消火活動をしようとはしなかった。どういうわけか、燃え盛る牛小屋を眺めているだけだった。その表情は、興奮しているとも悲しんでいるとも違う、虚無的なものを感じた。
「ママ、こんなところでやめてよ」
聞き覚えのある声が背後から聞こえた。ルネだった。
あれがルネの母親――少し驚いた。以前、広場であったときとは違って、ネグリジェのようなもののまま、裸足でいたからだ。ネグリジェが透けて下着が見える。髪の毛は油を塗ったように艶々していて、くるくると愛らしい巻き毛だった。顔にもどぎつい化粧をしている。あのときとは全く違って見えた。
娼婦――彼女を見て思いついた言葉はそれだけだった。その服装もそうだが、派手な化粧にアンニュイな表情は、男の性欲を掻き立てるのに充分だった。
ルネの母は、咥えていた煙管を口から話すと、ルネに向かって煙を吐いた。ルネは涙目になってせき込んだ。
「ルネ、大丈夫か」
近寄ろうとすると、ルネは涙の溜まった眼で僕を睨みつけた。
「あっちへ行ってよ」
「いや、でもお前……」
「あっち行けって言ってるだろ!」
ルネが僕に殴りかかってきた。ルネの母親はその様子を、煙管から煙を喫みながら無表情で見ていた。
「わかったよ。行けばいいんだろ」
ルネの迫力に押されて、僕は退散しようとした。
「あんた」
ルネの母親が煙を僕の顔に吐き掛ける。
「女心がなんもわかっちゃいないね」
「ちょっと、黙っててよ」
ルネが母親を突き飛ばす。母親は少し体勢を崩しただけで、ルネを睨む。
「あんた、ここで逃げたら後悔するよ。いや、もうしているんだろう?」
彼女をどこかで見たような気がする。
「あ、宴にいた……」
漂着したときに開かれた宴で、僕にジョイントをくれた女だ。広場であったときに、どこかであった気がしていたが、化粧をしていなかったのでわからなかったのだ。今日の彼女は漏れ出すフェロモンがあの時と同じだ。彼女は僕が気付いたことには関心が内容だった。
「余計なこと言わないでって」
ルネが母親をボカボカ殴った。本気で殴っていないことは、見ればわかった。
「ルネ」
そっと近づいて、しゃがんだ。ルネの視線に合わせたつもりだったが、少し低くなりすぎてしまった。
「何よ。子ども扱いしないで」
「言いたいことがあるんだろう?」
子供だからと言って、彼女を軽んじていた。ルネの母親はそれを見抜いていたのだ。自分の娘の気持ちも。
「何もないわ。自惚れないで……って、ちょっと、何するのよ」
ルネが悲鳴を上げる。僕が彼女を抱き上げたからだ。彼女は僕の腕の中で暴れたが、落とさないように必死に抱きしめると、大人しくなった。
子供のお守りっていうのは、大変なんだなと思った。ふと、僕のことをパパと呼んだ少女のことを思い出した。




