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「プラトンのことを責めねえでやってくれ。ああ見えて、考えがあんだろ」
まるで別人になったかのように、穏やかな顔でソクラテスが言った。
「そうね、あんたの豆粒みたいな脳みそと違って、プラトンは中身ちゃあんと入ってるもの。あんたのお飾りの頭よりは考えてるんじゃないかしら」
ルネがソファに身を沈めて足を組んだ。ペラペラとよく口の回る子供だ。
「なんでクソガキまでついてきたんだ。預言者様に敬意のないガキは追ん出すぞ」
数秒前まで、穏やかな顔だと思っていたのに、ルネが声を発した途端にまた険しい顔に戻ってしまった。デカルトが二人の顔を交互に見ながら焦っている。きっと、これまでもずっとこんな調子だったのだろう。
ソクラテスが凄んで見せても、ルネは全く気にも止めない。
「はいはい、預言者様ね。本当にあんたに務まるのかしら。今からデカルトに交代しても良いのよ」
ルネが何か指示すると、デカルトが小走りにどこかへ消えた。戻ってきたとき、彼は手にオレンジジュースを持っていた。こんなもの、どこから持ってきたのだろう。
デカルトからグラスに入ったオレンジジュースを受け取ると、ルネは美味そうにストローをくわえて飲んだ。そういう顔だけ見る分には、子供らしいのに。
チラ、とソクラテスの様子をうかがうと目が合った。彼は舌打ちをして目をそらす。先程までの穏やかさは完全に消えていた。
「それで、何の用だっけか」
「あ、ああ……実は」
説明すると、ソクラテスは静かに話を聞いていた。ルネもつまらなそうに、だが邪魔をせずに話を聞いていた。できれば、ルネとデカルトには席を外してもらいたかったが、彼女らが簡単に言うことを聞くとは思えなかった。
「なるほどな」
話を聞き終わると、ソクラテスは静かに吐息をついた。
「確かに、それは俺も聞いたことがねえ。てめえは預言者が何でも屋か何かに思ってるかもしれねえけど、あの力の本質は呪いだ。実際に立ち会ったんだからわかるだろう。あれは悪意と害意で出来てる。てめえが体験したようなことは出来ない」
ソクラテスは忌々しそうに「少なくとも俺にはな」と続ける。
「そうか。済まなかったな、忙しいのに」
家の前の広場で、少なくない数の村人が、正座して何かに拝んだりしている。僕がそれを見ているのに気づいて、ソクラテスがまた舌打ちをした。
「この村の平和が保たれているのは預言者がいるおかげだ。少なくとも、村人はそう思ってる。それに応えてやるのが俺たちの一族の呪いだ」
「役割、の間違いだろう」
「いいや、ただの呪いさ、こんなもん」
空になったグラスにささったストローを吸い上げる下品な音がした。ルネが強めにグラスを机に置く。
「あんたら大人はみんな暗いわね。暗すぎる。そんなんで生きてて楽しいの?」
「ガキにはわかんねえよ」
「そうね。出来れば一生わからないでいたいわ」
立ち上がると、ルネは玄関へ歩いて行く。
「ごちそうさま。さあ、あんたたち帰るわよ」




