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仏に逢うては仏を殺せ 父母に逢うては父母を殺せ  作者: よねり


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 妻が戻ってきた。

 その事実は僕を狂喜させた。彼女の我が儘を一つも余すことなく聞いた。彼女は僕と一緒に暮らしてくれると言ってくれたことで、僕はここに永住することを決めた。寝台の陰に書かれていたや、今まであった不思議なことなんて、忘れてしまっていた。

 戻ってきた妻は、依然と変わらず美しかったし、我が儘だった。僕は彼女に振り回されるのが好きだった。彼女は戻ってきてすぐに儀式を行ってもらうと、毎日のように海に潜りに行った。

 日中は遊び回っている彼女も、夜は家に帰ってきてくれた。狭い寝台に一緒に寝られるのがうれしかった。

 しかし、ひとつだけ気になることがある。彼女の首の赤黒い痕である。よく見ると、手形のようにも見える。この島に来る以前はそんな痕なかったはずだ。それに、この島で目覚めてすぐに、すでに彼女の首にはその痕があって、未だにそれがくっきりと残っている。彼女に尋ねても、覚えていないという。そのうち消えると良いが。

 あの騒動から一週間ほど経ったろうか。ここには季節がないから、時間の経過がよくわからない。自分がこの島に漂着してからどれくらい経ったのか、体感では全然わからなかった。

 あの日、ヒッポカンポスと戦った日、ログハウスを出ると砂浜で、振り返るともう数秒前までいたはずのログハウスは消えていた。何があったのか、まったくわからなかった。それよりも、目の前に倒れていた妻が息をしているかどうかの方が大事だった。

 ようやく生活も落ち着いたものの、そのことがずっと引っかかっていた。すぐに誰かに相談しなかったのは、あれが悪意なのか善意なのかがわからなかったからだ。

 その直前に、預言者の魔法のようなものを見ていた。あれを見たあとなら、なんとなく、こういうこともあるのかもしれないと思えてしまう。それでも、何らかの力が作用したことから、その力の元がなんなのかわかるまで、おいそれと他人に話すべきではないと思った。

 ここに居住することを決めた今は、以前よりも臆病になった。他人に気を遣うようになった。

 ヘルヴィムに尋ねるべきなのかもしれない。彼ならきっと、中立の立場だろう。それに、この島を出て行くというのだ。今更、僕をどうこうするつもりもないだろう。あの船は出来上がったのだろうか。手伝うと約束したはずだったが、結局何もしなかった。

 本当は、ソクラテスに相談したかった。彼は預言者の後継者となって、村から出て行ったので会える機会がなくなってしまった。

「ソクラテスは村には戻らないのか」

 ある日の昼下がり、船から魚を下ろしているプラトンに尋ねた。彼は邪魔そうに僕を見るが、決して追い払ったりしないことは知っていた。

「ああ、やつはこれから死ぬまで預言者だ」

「じゃあ、村長は誰になる」

「そうだな。デカルトになるだろう」

 プラトンがひときわ大きい声で、木箱を持ち上げる。中には村人全員が食べてもあまりそうなくらい大きな魚が入っていた。

「デカルト? あの子はまだ子供じゃないか。それに、彼は村長の血筋だったのか」

 大きな魚を下ろすと、プラトンは休憩とばかりに、開いている木箱をひっくり返して座った。ポケットからジョイントを取り出すと、僕に一本勧めてきたので、手刀を切ってそれを受け取る。手刀を切る、という作法が珍しいらしく、ここの村人はそれを見ると笑った。

「年齢は関係ない。この村で重要視されるのは血筋だ。デカルトは村長の直系ではないが、それでも今いる村民の中では一番近い。もし、預言者様より先に村長が死んでいたら、ソクラテスが村長になってデカルトが預言者になっていただろう」

 ソクラテスがルネとデカルトにくっついてきたことがあったが、彼はデカルトの子守でもあったのだろう。これからの将来のことを考えると、どんな気持ちで一緒にいたのか。自分か、その子のどちらかが、あの預言者を継ぐことになる。

 あれだけ荒れていたのだ。自分が預言者の後継者になると最初から決めていたに違いない。子供には、あの役は難しいだろう。ああ見えて、ソクラテスは良い奴なのかもしれない。

「でも、デカルトには姉のルネがいるじゃないか。女は村長にはなれないってことか?」

「ああ、知らなかったんだな。ルネとデカルトは本当の兄弟じゃないんだ」

「そうなのか」

 何か事情があるのだろう。僕には関係のないことだし、それ以上は掘り下げるつもりもなかった。

「まあ、あんたにはわかるまい。村の風習って奴だ。それより、ソクラテスに相談があるなら、直接家に行けば良いじゃないか」

 何を当たり前のことを、とでも言いたげに彼は言った。

「で、でも、偉いんだろう?」

「そりゃあ、偉いけど、村人あっての預言者様だからな。そうやって訪ねて無碍にはしまいよ」

 直接訪ねるなんて、考えてもいなかった。

「あんた腰抜けね」

 聞き覚えのある声に振り返ると、ルネだった。その後ろに、隠れるようにデカルトが控えている。プラトンの話を思い出す。彼を見る目が気の毒そうになってしまったことを、少し後ろめたく思った。

「ははっ、子供にまで馬鹿にされてらあ」

 プラトンが笑う。

「さて、俺は仕事に戻るからな。案内が必要なら子供たちに頼め」

 プラトンは船に戻って行った。

「行くんでしょ。早くしなさいよ、どんくさいわね」

 ルネが僕に向かって指をクイッと曲げた。

 デカルトよりも、よほどこの子の方がソクラテスの血筋っぽいなと思った。

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