第782話 不眠
「はぁ、はぁっ……」
「お疲れ様です、ソラ様。こちら、お水です」
避妊魔道具が完成してからというもの、婚約者と順番に夜伽に勤しむことになっていた。
「んくっ、んくっ、ぷはぁ……ありがとうございます、シンシアさん」
「ベッド周りが乱れているのはいつものことですが、本日は派手にやりましたね」
「まるで、殺人現場かのようですね……」
シンシアさんとシスカさんがそれぞれの感想を述べる。
今更メイドさんに情事を見られて恥ずかしいなんて感情は持たなくなったのは、疲れのせいだろうか?
まあ事実、くまさんベッドが全身血まみれのくまさんになってしまっていた。
どこぞのスプラッターアニメかと思う程の光景だ。
「明日綺麗にしておきますよ」
「どちらへ?」
「シャワー浴びてきます。先に寝ていて良いですよ」
「畏まりました」
清浄で綺麗にすればいいところを、嘘をついてまで外に出てきた理由は、修行の続きをするためだった。
眷属憑依が出来るようになった僕にとって、練度を上げる以外にも強くなる手段があることに気づいた。
皆が寝静まった頃に、僕はそれを試していた。
<旦那様、いくら眷属憑依で体力も多くなっているとはいえ、ご無理は……>
<主……眠くないのか?>
<いいから、もう一回やるよ。こっちは時間ないんだから……>
「『眷属憑依……!』」
手を合わせた瞬間、バチッと引き剥がされる感覚を覚える。
二週間以内に、これを完成させないといけないのか。
これはちょっと、手厳しいかもしれないな。
「『っ……駄目か。もう一回だ――』」
そうして数日経った朝、僕は涼花さんに頬を引き伸ばされていた。
「にゃにふるんでふか、りょふかしゃん……」
「ソラちゃん、流石に怒るよ……?」
「……なんの話ですか?」
「私が気付いていないとでも思ったのか?クマさんベッドを血まみれに汚すのは構わないが、その目の下のクマは見逃すわけにも、許すわけにもいかないんだ。エルー君の不在中、ソラちゃんのことを任されているからね」
「……化粧には自信があったんですが、まさか見破られてしまうとは」
「御託はいい。この四日間、朝昼は迷宮に潜りひたすらグミ集め、そして夜は婚約者達の伽をし、その四日とも私が起きたときにはソラちゃんはもう起きていた。……私はもっと気を配るべきだったと反省しているよ」
叩かれた頬をさすった後、厚化粧を落とすように僕の目の下に手を入れると、隈が浮き出てくる。
「ソラちゃん、一体何日前から寝ていない?」
「涼花さんが言ったことでしょう?エルーちゃんと離れていると、私は寝ているときに自害しようとするって」
そう、これは僕なりの解決策。
「姉は寝ているときにしか入り込む余地がないのなら、私が寝なければいい。そうでしょう?」
「ふざけるな!こんなことになるなら、あんなこと、言うんじゃなかった……」
<だから言っただろう?主の考えは狂ってるって……>
「賛同なんて得ようとは思っていないよ。私は私なりの解決のしかたをしただけ。眠るのなんて、エルーちゃんと一緒に居られる土日だけでいい」
「っ、いいから、今から学園に行きなさい!」
「ソラ君、ボクに寝ることを強要しておきながら、キミは寝ないと言うのか?」
「……」
本当はエルーちゃんに迷惑なんてかけたくなかったんだけど、涼花さんとエレノアさんにここまで言われてしまっては致し方ない。
化粧をしなおし、涼花さんに無理やり引っ張られながらソラの姿でふらふらと聖女学園の廊下を歩いていると、「うわっ!」という男性の声が遠くから聞こえてきた。
「「っ!?」」
魔力の反応もあったため、涼花さんと二人で急いで現場へ向かうと、そこには複数の学園生がおり、その渦中にはエルーちゃんと留学生と思わしき男子が居た。
睡眠不足で頭が回っていなかった僕は、エルーちゃんに展開されていた『守護の指輪』のバリアとその場に倒れていた獣人の男の子を見て、短絡的かもしれないが状況を理解した。
完全に想定外の使われ方だったけれど、あの指輪を二年前に渡しておいてよかったと心底安堵した。
「ってめぇ……!」
起き上がろうとした獣人種の男性の肩を掴んでステータスの暴力で無理やりこっちを向かせる。
「君、私の婚約者に、何してんの……?」




