第780話 褒美
「前回リッチは聖国の西の村で発生して、まだ魔力がなかったタイミングで僕とエルーちゃんがたまたま西の村に向かっていた。だから僕が西の村で皆さんを治療している頃にはリッチはきっと西の国に逃げたんだろうね。ちょうどあの頃のセイクラッドは王位継承争いの件で荒れていたし、港に海龍が発生してクラーケンが海岸付近に現れたから民の働き場がなくなって国民が貧窮していてみんなそれどころじゃなかった。国に入るのも容易だったろうね」
「そして王女一派を唆して得た金で魔物の魔石を大量に買い、魔力を得て増殖していったと。とても狡猾だな……」
だから本来僕達は人間同士で争っている場合ではなかった。
ただ人には人の生活があり、より良い地位や居場所を求めるために欲を出してしまう。
全ての民を右向け右で向かせることなど出来ないし、その上リッチのような魔族が人を騙し、人同士で衝突させようと企むから、どうしてもそこは後手に回ってしまう。
「南国魔境は疫病に溢れている。だからこそあの中に入るようなら、絶対に上級魔法以上を使える光魔法使いが必要なはずだよ」
「いや、そちらは関しては問題ない。魔境から溢れ出した魔物は真桜様と真桜様の親衛隊が退治にあたっているし、姉弟子のステラ君にも協力を要請しているよ」
「……今はまだ魔境入り口はそこまで強くないにしても、レベル50以上の厄介な魔物が沢山来る。それにこれから溢れる速度が上がってくると、魔境の奥に棲息している魔物もやってくるはず。それらはレベル100を超えた魔物だったり、陰湿な魔物が多くいる。だからただ入り口で防衛戦をしているだけじゃ駄目なんだ」
同じ戦力で戦ってしまっては、いつかジリ貧になる。
「親衛隊は真桜様だけではない。我々もいるさ」
「それでも、防衛しているだけでは駄目なんだ。いつか本命の魔物が隊列を組んでやってきて、押し込まれて大量の人が犠牲になる。だから親衛隊と聖影の皆さんには、全員ステータスカンストになってもらうよ」
「まさか、学園を休んだのはそのせいか?」
「溢れるのを止めるだけじゃなくて、こっちから侵略しなくちゃ駄目だ。これは、魔族との戦争なんだからね」
そのために、僕が使えるものは何でも使うつもりだ。
僕はパジャマから女装に着替えると、ワープ陣に乗って聖女院へ向かう。
「忍、出てきなさい」
「ん、んんんんっ!」
変な声を上げながら膝を付く。
呼び捨てしたくらいで、変な声あげないでよ。
「よ、呼び捨て……!」
「また覗き見か、相変わらず気色悪いな君達は……」
「涼花様、それは我々の界隈ではご褒美です……!」
涼花さんが忍ちゃん達人種族の方の嶺家にだけこんなに悪い言葉を使うのも、嶺家のストーカーのことで葵さんからずっと信用するなと言われてたからなんだよね。
どこからその台詞を覚えてくるのか知らないけど、罵っても悦んじゃうから困ったものだ。
「忍、今は仕事の話よ。今の話、聞いていたでしょう?」
「はい」
「シルヴィから、リッチが出現したことが知らされた」
「もう復活したのか!?この間倒したばかりのはずでは……」
「向こうも焦ってるか、それかリッチの再生と転移に必要な魔力が潤沢になったかのどちらかだと思う。でも、出現したからには狙いがある」
「聖女学園の大会で、何かしてくると?」
「察しがよくて助かるよ、忍。私達や他の婚約者はデモンストレーションの準備と警備でおそらく動けない。だから忍達聖影にはリッチを探して倒してもらう」
「リッチを単独討伐せよと?」
「嶺小隊で倒せばいい。けど無理は禁物よ」
忍ちゃんを呼び捨てにしたのはやる気を出させるためでもある。
僕はわざと忍ちゃんの両手を僕の両手で塞ぐと、壁に押しやる。
「必ず生きて帰ると約束しなさい。そしたら褒美に、婚約して、あなたの初めて奪ってあげる」
「イ゛ッ……イ゛エ゛ス゛マ゛ム゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ッ!?」
凄いダミ声とともにへなへなと力が抜けて立てなくなる忍ちゃん。
「イって、しまいました……」
んなアホな。




