第777話 狭量
ゲームとして楽しんでいた時は、僕にとって大切なものなど存在しなかった。
僕はあくまでこの世界をゲームとして遊んでいただけだし、それに当時の現実世界から逃避したかったから始めたのもある。
お祖母ちゃんは行方不明になり、梓お姉ちゃんにも会えず、母と姉からはいじめられる日々。
そして信じていたお父さんとの関係も、僕がその尊厳を奪って嫌われたと思い込んで、お互いに距離を取っていた。
本当に誰一人として、何一つとして、大切なものは僕にはなかった。
ぬいぐるみ趣味は姉に目をつけられることが分かりきっていたので、遠くから見ているだけに留めていたし、「男には似合わない」、「女々しい」、「女男」と言われていた僕にとって、周りを助長させるだけのものだったからだ。
強いていうのなら家族に隠れて三年間遊んでいたあのゲームくらいが大切なものだったけれど、別にそれも物自体はさして大切というわけではなく、どちらかというと「大切な思い出」だ。
でも今は、大切な婚約者達がいる。
そして今一番僕にとって大切な存在は、エルーちゃんであることは認めるまでもない事だ。
「僕にとって、エルーちゃんはこの世で一番大切な人。だから行かせるわけには……」
「ソラ様はお隠しになられていることがございますね?」
「……なんの事?」
僕はきちんととぼけられているだろうか?
「例の魔法の効力は範囲が限定されているのかは定かではないのでは?」
「……知られてるってのは、やりづらいね」
僕が知っているのはその最上級闇魔法が『"一番大切なもの"を殺す魔法』という異名を持っていたことと、使われたときに誰かしらに対して即死魔法が掛けられるというゲームで得た事実のみ。
つまりその魔法を僕にかけられれば、たとえ何百キロメートルと離れたところに居ようとエルーちゃんが死ぬ可能性は否めない。
検証なんてできない以上、「一緒に来ない方がいい」というのは僕の一方的で確実性のない持論でしかない。
「でしたら私はご一緒しても問題ないのではございませんか?」
「エルーちゃんなら付いてくるって言うと思ってた。でも僕は行かせたくない」
「でしたら、今回の武術大会後のデモンストレーションで、ソラ様が見定めてくださいませんか?」
「えっ……?」
「そうだね。ただ突っぱねてもお互いに納得いかないだろう?ならば、チャンスを与えてあげればいい」
「……」
「それとも私達の婚約者は、そんなに狭量なのかな……?」
うっ……二人してそんな上目遣いするなんて……!
僕は婚約者が弱点で、婚約者も僕が弱点。
でもだからといって突き放すのではなく、共闘しようと、二人は言っているのだろう。
一度は他人を頼らなくなった僕が、信じて頼るという行為を見直すことになるなんて、思わなかったな。
「分かった!分かったから!」
「ふふっ、狭量ではあらせられなかったようですけれど、狭いのはお好きでございますよね?」
「ちょっ……!なに言って……」
「上目遣いだけでそんなになっているなんて、一体何を考えていたんだい?」
「いや、その……最近忙しくてご無沙汰だったし」
「では本日は狭狭のキツキツをご所望ですね!」
うーん……なんだか、僕までえっち魔人の淫気にやられたようだ……。
まぁその、なんというか……狭いのは、嫌いじゃない。




