第775話 辞職
<――もう、復活したの……!?>
<ええ。この気配……場所までは不明ですが、また出現したことは分かります>
どう考えてもおかしい。
いや、この変化……僕はゲームで覚えがあったな。
<……ありがとう、シルヴィ。多分エリス様から止められているだろうに、ごめんね>
<いえ。ですが旦那様、主の言い分も分かります故。あまりご無理をなさらないでください……>
<ありがとう。愛してるよシルヴィ>
<……っ!>
よそ見している暇がなくなってしまったようだ。
おそらく、僕達に残された時間は少ない――
「――は……!?」
「聖徒会長を辞する……ですって!?」
「はい。前々から考えていた事ですが、そうする必要が出てきたので……」
「そんな……どうしてですかっ!?」
「理由は言えませんが、今、必要だと思ったからです。ついでに魔法学の臨時講師補佐も辞めてきました」
「……まさか、例の件に動きがあったのですか!?」
「例の件……?」
「なっ……」
リリエラさんが、どうしてその事を……。
「まさか、ルークさ……お兄様から聞いたんですか?」
「無理やり聞き出しただけですわ。ルークは悪くありません」
情報統制をしたつもりだったけれど、リリエラさんならそれくらいはしてくるか……。
多分僕に許可を得たと嘘付いたんだろうな……。
「まあ、知っているなら話は早いですね。端的に言えばそうです。学期末試験やイベントには参加しますが、それ以外で学園にはもう通いません」
こういう時に特待生制度を取っておいて良かったと思う。
もう試験範囲までの勉強は全て終えている。
直前の自習さえ怠らなければ、卒業できないような成績を取ることもないだろう。
最悪の場合試験を受けている場合じゃなくなるが、そうなったら留年する覚悟は出来ている。
「なっ……!?シエラ様、どういうことかご説明を!?」
「ごめんね、神流ちゃん。でもリリエラさんもエルーちゃんも、このことについて口外するのは禁止ですよ」
エルーちゃんは僕の記憶を持っているから、賢い彼女ならこの一連の意味も分かってしまっているだろう。
リリエラさんは口に出したい思いを、どうにかして飲み込んだようだった。
「……聖徒会長が途中で辞するなど、前例がありません。学園規則にも載っていないのですから、軽々しく辞められるなどとは思わないでください」
「ええ、存じておりますよ。ですから、私はここに『会長権限』を使います」
僕が使う予定のなかった、『聖徒会長権限』。
聖徒会長になった者は、学園に居る間一度だけ、学園への要望を叶えられる、所謂ワガママが許されている。
サクラさんが食堂のメニューに揚げパンを追加したり、一昨年ソフィア第一女王が僕を次期会長候補に指名したり、去年涼花さんが僕に魔術大会と武術大会の両方に参加させるよう命令したり、内容は学園に関することなら基本どんなことでもいい。
会長権限が発令された以上、それが聖女学園側は叶えられないものでない限りは叶えなければならない。
そしてそれを僕は会長を辞めることに使うだけだ。
「空いた席には、リリエラ副会長がなられたら良いと思います。元々副会長ですから会長になる権利はございますし、清濁を併せ呑むことが出来るあなたでしたら、任せることが出来ます」
「会長権限で会長を決めることはできませんよ!」
「ええ。ですから、これはただのアドバイスです。私の会長権限の要望はあくまでも『私が会長を辞すること』だけ。あまり騒ぎにしたくないので、次の週の学園新聞で公表してください」
「待ちなさいこの分からず屋っ!!また一人で、どうにかしようとしてますでしょうっ!?」
僕は一瞬だけリリエラさんに優しく微笑むと、元の冷たい顔を演じる姿に戻る。
「……リリエラさんのお小言は関係ありません。今回は本当に、足手まといは要らないんです」
「「っ……!?」」
僕から提示したのは、明らかな拒絶。
僕も今回のことに関しては、譲るということを一切考えていないし、考えるつもりもない。
「引き継ぎは殆ど終えていますし、神流次期会長もリリエラ副会長と協力して今回の両大会の運営はできると思います。お任せしましたよ」
「そ、そんな……!?」
呆けている聖徒会のメンバーをよそに、僕は聖徒会室を出る。
「お待ちください、ソラ様」
廊下に出た僕を呼び止めたのは、エルーちゃんだった。




