第773話 噂話
「お久しぶりです、エーレ君。一年で背が伸びましたか?」
僕がそう言うと、辺りがざわっとし始めた。
僕は背が一向に伸びないのに、周りはみんな背が伸びていく。
妬みのつもりではないが、半ば自虐的にそう聞いたものの、返ってくるのはまばゆい営業スマイルだった。
「僕としては久しぶりではないように感じますが……シエラ様はお変わりないようで。聖徒会長をなさっているとは存じ上げませんでした」
ああ、そういえばセイクラッドの公爵家ってことは、あのアリシア王女の生誕パーティーにも居たのか……。
僕の方からは見えなかったけれど、渦中のど真ん中にいて、あれだけ派手に翼を広げて王城を壊していればね……。
エインベルク家は王女とは繋がりがなかったから関係ないけれど、彼からするとそれ以来なのか。
……僕の方から彼は見えなかったが、あの時彼は粗相をしなかったのだろうか?
このイケメンが粗相をするさまなぞ僕ですら想像できないけれど、人類みな赤子だった頃があり、生涯に渡り粗相と縁がない人はいないだろう。
見えていなければ、そんなのは些末なことだ。
「私もエーレ君がこんなに有名人だとは知りませんでしたよ。ところで……」
いやいや、そもそも粗相の件を今この大衆のいる廊下で聞くなんて、爆弾発言にも程がある。
他人の爆弾発言に困らされてきた僕だからこそ、そういうのには気を付けたい。
王家と公爵家に告げた僕の正体は、あの時は秘匿されていたからか、僕のことはどうやら隠してくれるようだ。
しかし僕の方からミスをしたような気がする。
聖国と西の国、他国とはいえ同じ公爵家の貴族令嬢と令息同士。
それに僕は大聖女の弟子とはいえ元々はシュライヒ公爵家の養子で、彼は嫡出子。
それが片や敬語で様をつけ、片や馴れ馴れしく君付け。
でも前回会ったときに君付けで呼んでしまったし、過去に会った事実は消えない。
それを急に様付けなどされれば、エーレ君本人を困らせるだけだろう。
そんなことを頭の中で悩んでいると、エーレ君の方から僕に近付いてきた。
「あの日は、少しだけチビりましたよ」
「ひにゃぁっ!?」
やばっ……!?
他の誰にも聞こえないように言いたかったのだろうけれど、その手段として耳打ちされたことで、僕の弱点の耳の弱さが変な声を出させてしまった。
「ではまた」
「……」
エーレ君が去ると、止まっていた時間が動き出したかのようにざわざわとし始めた――
――教室に向かうと既に噂は回っていたようで、皆が僕を睨み付けてきた。
女学園ってどうしてこう、噂が広がるのが一瞬なのかね……。
諜報員でも潜んでないとおかしいレベルだよ。
「あなたは、またろくでもない噂立てられて……」
「意図的にやったわけじゃないんですよ、リリエラさぁん……」
「こらこら、甘える相手を間違えていらっしゃいますわよ」
リリエラさんは僕の手を取ると、そのままエルーちゃんにパスされる。
「コイントスで10回連続でハズレ引くくらい全て裏目に出ましたね……」
「エルーちゃんも酷い……」
1024分の1の確率をそんな頻繁に引いてたまるか……。
「私達としては、あんな男とお義母様が噂されるのは……我慢なりません!」
あんな男って……優柔不断でたくさんの婚約者と肌を重ねるような鬼畜である僕なんかより、ずっといい人でしょ。
「学園生の皆様は、『シエラ様とでしたら身を引く』と仰ってましたわ」
「シエラ、耳打ちされて顔真っ赤になったって」
「……私が耳弱いの、ソーニャさん知ってるでしょう?」
「そういう噂が出てるって事ですよ。噂通りなら、相思相愛ですね」
「……ひにゃぁ」
真顔で情けない時の僕の声物真似しないでよ。
ソーニャさんがやるとただ可愛いだけじゃん。
「まぁ、エーレ君も隠れ蓑にしたかったんじゃないですかね?あんな状態じゃ毎日大変でしょうから……」
「毎日大量のラブレターを貰っている人が言うと、説得力ありますわね」
「ぐっ……」
初日の朝からフルボッコで気が滅入る……。




