閑話207 初めて
【エルーシア視点】
「ぐすっ、お母さん……」
ソラ様が、またお心を病まれてしまわれました。
どうしてソラ様の前世は、ソラ様から大切なものを次々と奪っていくのでしょう?
もうソラ様は、あの世界にはいらっしゃらないというのに……。
やがてソラ様の涙が枯れてきた頃、私はくまのベッドサイドでソラ様に膝枕をしていました。
ソラ様の頭を撫でて心静かにご静養いただこうと試みてはいるものの、果たしてこれはソラ様の心を落ち着かせるためなのか、はたまた不甲斐なくもお心を落ち着かせる立場である私が心を落ち着かせられずに焦っているのを紛らわすために私の好きなソラ様の枝毛のないサラサラな御髪を触っていたかったからなのか、よく分からなくなってしまいました。
「ソラ様……」
正直、ソラ様のお母様のお隠れは、悲しさより憎さが勝るのだと、勝手に思ってしまっておりました。
ソラ様とお母様の思い出は、今に近づけば近づく程、ただ怒鳴るだけの肉親。
だからこそ、ソラ様の方からはもう愛想は尽きていて、むしろ報復を望んでいるのだと。
ですが、ソラ様はお優しい方です。
他人を憎むなんて浅はかなことは、なさらないお方なのでしょう。
僅かながらの遠い幼い日の記憶が、それこそが本当の母親の心であったのだと、ソラ様御自身が気付いていたのかもしれません。
いえ、そうではなく……優しくされたことはきっと忘れない、そういう御方だっただけ。
きっとそれだけ幼い日の思い出が掛け替えのない思い出だったのだと思います。
ですがそれをお姉様に、全て壊されてしまった。
天下無双で、今世において出来ないことなど何もないと謳われるほどの御方。
その彼にとって、唯一の弱点であるのが前世。
その最たる存在であるソラ様のお姉様は、死してなおソラ様のお心を蝕んでいくのです。
「……」
『男ってのはな、辛ぇ時でも好きな女抱きゃ忘れるってもんだ』
以前、給仕の修行のため村の酒場で働いていたとき、村の誰かが言っていた言葉です。
たとえそれが酒で酔って出た戯言だったとしても、無策である今の私にとって、それくらいしか頼りになるものはございませんでした。
どのみち先日避妊魔道具の試験をあれだけして、本日は本番をするかもしれない日。
下着もレースの勝負下着で、しっかりと準備してまいりました……。
「ソラ様……私と本番、いたしませんか?」
「な、何を……」
「悲しい気持ちは全て私が引き受けます。ですから私が、ソラ様の自信になれませんでしょうか?」
私に出来ることは、少しでもその御心を軽くすることだけです。
「エルーちゃんは……格好良すぎるよ」
「ふふっ、奇遇ですね。私がソラ様と出会った時、私も同じことを思っておりましたよ」
『貴女の代わりに、私が神様に怒っておいてあげる』
私とソラ様が出会ったあの日、御自身もいきなりこの世界に連れてこられ、聖女として扱われ、とても混乱しておられたというのに、それらすべてを圧し殺し、私に微笑んでみせたあの時のお顔は、今でも忘れられません。
きっと私はあの時から、ソラ様に惚れていたのだと思います。
「私の初めて、貰ってください」
「うん。僕の初めても、貰って」
唇が重なり、そしてあらゆるところが重なっていきます。
私のなんかで良ければ、処女いくらでも差し上げられます。
ですからどうか、この御方のお心を現世にお繋ぎ止めくださいませ……!




