第751話 美化
「ソラ様に御挨拶申し上げます」
「神聖なる大聖女様に御挨拶申し上げます」
休み明け、学園に来ると、なんだか仰々しい挨拶をされるようになっていた。
「エ、エルーちゃん……これは何が起こっているの?」
「晴れて女神エリス様のご婚約者になられたのですから、もう神格化されていてもおかしくないのでは?」
「う……そういうものなの?」
他人事だと思って……なんでそんな誇らしげにしてるのさ。
「エルーシア様に御挨拶申し上げます!」
「神聖なる大聖女様のご寵愛を承りしエルーシア様におかれましても、ご機嫌麗しく。恐悦至極に存じます」
「ひっ……!?」
人を呪わば穴二つ。
ものの一秒で僕のことが他人事じゃなくなったらしい。
と、とにかく、この呪いとでも言うべき狂信を何とかしなければ。
「こ、ごきげんよう、皆さん!で、ですが、いつも通りの挨拶でよろしいですからね……?」
「ソ、ソラ様ならいざ知らず、私はただのメイドですから……。そのような御挨拶は過分にございます!」
ちょっ、僕一人に押し付けないでよ、エルーちゃん!
この異常事態をなんとかしようとあわてふためいていると、後輩の皆さんの方が頭を下げてきた。
「だ、大聖女様とエルーシア様のご機嫌を損ねてしまい……」
「「も、申し訳ございません!」」
「処分は如何様にもお受けいたします……」
「我々の粗相でよろしければ……」
いや、僕他人の粗相を見るのが好きで殺気放ってたわけじゃないからね……?
そんな特殊性癖持ってないってば。
「皆様、顔をおあげください。こんな身分になってしまいましたが、ここの学園生でいるうちは、ただの学生でいたいのです」
「大聖女様……!」
「そうですよね、普段からそういったご心労をお抱えで……」
何言っても大事になるんだけど……。
「それに私はこの学園の御挨拶、気に入っておりますから。ぜひ『ごきげんよう』でお願いしますね」
「「は、はひぃ……!」」
この時ばかりは噂は瞬く間に伝わって欲しいと願うのだった。
「――それで、どうしてそのお姿なんですか、シエラさん?」
「だって、なんか神格化されちゃってどうしようもなくて……。ただの学生でいたいって体現するにはもうこの姿になるしか……」
「『シュライヒ公爵令嬢』もただの学生ではありませんけれどね」
「うぐっ……」
リリエラさん、棘が痛いよ。
「でも、一体皆さんどうしちゃったんでしょう?流石に神格化されただけでは説明がつかないような……」
「ほら、この間の行幸で西の国王家の断罪を世界中に中継なさったでしょう?」
「あ、はい。でもそれは……」
アリシア王女の逃げ道を塞ぐための手段だった。
「あの一件で普段民や貴族がご覧に入れない聖女様のお仕事の一端を目の当たりにしたのです」
「民を傷付けず断罪する相手を間違えないよう、持てる知識と権力をすべて使い、丁寧に裏を取りながら悪事を暴いていくさまは痛快でございました」
「しかしながらソラ様は悪者が成敗されても決して驕ることはなく、怒りとともに涙を溢れさせておられました。王侯貴族がノブレスオブリージュの道を違えてしまったことを嘆かれ、延いては悪人達の人生を変えてしまったことを哀しまれるお姿に、民はソラ様からの愛情、つまり慈悲を見たのです」
違う、あの時はそんなこと考えてなかった。
姉と同じ血が疼いてしまわぬように、僕は必死だっただけだ。
「美化され過ぎですよ……」
銅像とかにされたらきっと別人だってなる程だ。
「み、皆さんごきげんようっ!ホームルーム始めますよぉっ!」
わぁ、久しぶりの癒しだ。
ちまちま歩くのが懐かしいななんて思っているとなんか動きがカクカクしてることに気付く。
……なんかチラチラと僕を見てる?
えっ……なんで?
そして僕を時々睨み付けながら教壇の高い椅子によじ登ろうとしたとき、事件は起きた。
小人族は小さい身体の割に魔力は人よりあるため、多種族と比べても身体の体積分の魔力量が大きい。
その多い魔力量は無意識で全身に身体強化をしているらしく、だから小人族は腕力も強ければ、頑丈でもある。
だから椅子によじ登ろうとして、こうやってずるっと滑るなんてことは今まで一度も見たことがなかった。
「ひんっ!」
超絶可愛い声でこけたマリちゃん先生に、思わず枯渇していた癒され成分が満たされにっこりと微笑みを浮かべながらぼそりと「可愛い」と声を漏らしてしまったところ、先生は顔を真っ赤にして教室を飛び出していった。
「ひ、ひええぇえ~~~~っ!?」
「えっ……?な、何なの……?」




