第750話 花火
エルーちゃんの女性を悦ばせるテクニックがすごいのは周知の事実だ。
きっとそれは他人の心を癒し、代わりに自らの発情に変えるという『癒快』な能力を一人で抑えるために一番早くて強い快楽を追い求めていった結果、やむを得ず……いや必要に駆られて手に入れてしまったテクニックなのだろう。
眷属憑依した僕も味わった側であるからわかるけれど、あれはエルーちゃんでないとできない匠の技だ。
そのお陰で婚約者の皆がエルーちゃんを自然と好きになるのは仲睦まじく大変有難いことではあるものの、エルーちゃんと涼花さんの二人はその絆を差し引いたとしても最近特に仲が良い。
僕といない時に二人で恋人繋ぎしていたこともあるらしいと聞いているし、一緒にお茶をしたり、日用品をお買い物に行ったりしたこともあるらしい。
二人とも僕の抱えきれなくなった心の一部を肩代わりをしてくれた命の恩人で、僕にとっても二人は他の婚約者と比べても特別な存在だし、当の本人である二人もきっと、そう思ってくれているのだろう。
最近のエルーちゃんの日記を読む限り、エルーちゃんは涼花さんのことを『素敵なお方』と評していたし、涼花さんは可愛いもの好きで、僕とほぼ同じ身長で僕よりずっと可愛いエルーちゃんを嫌いなはずがないので、二人は恋人くらいの関係性があるように思う。
でもそれはお互いに僕を想っているから、僕に「綺麗だ、可愛い」と褒めて貰うため、切磋琢磨する仲間としての延長線上にできた絆でもあるのだと二人は言っていた。
だから別に二人でしているこの光景に僕は嫉妬心なんて微塵も感じていないし、強いて文句を上げるとするならば、目下下半身を抑えるのが大変なだけだが、問題はそこではない。
「病人を疲れさせてどうすんの……」
「はぁ、はぁ、す、すみません……」
「涼花さんもです!熱が移ったら涼花さんのせいですよ?」
「んっ、はぁ、す、すまない……」
また汗かいて……これじゃあ汗拭きの無限ループだよ。
「清浄」
「あっ……」
「残念そうにしないでくださいよ。今度はハープちゃん呼んで怒りますよ?」
「ここでそんな殺気飛ばしたらメイド達が全員失禁しますよ……」
確かに、二人にはあの殺気効かないんだもんな……。
「怒ってるメイドソラ様可愛い……」
涼花さんがぼそっと恥ずかしいことを言ってきて顔が暑くなる。
「もうっ!」
「あ、ちょっとソラ様!?」
怒った僕は身体強化をして涼花さんを抱き抱え、涼花さんの部屋を出る。
「エルーちゃん、お盆持ってきて!」
「は、はい!」
ほんと、持ってきたのが冷めるような食べ物じゃなくてよかったよ。
後宮は一階がリビングやキッチン、メイドさん達の休憩スペースや暮らすスペース、客間などがあり、二階が僕達の部屋だ。
二階の各部屋は20人くらいの各個室があり、僕と夜を共にしない時や一人でいたい時には個室で生活する。
そして二階の一番奥にある個室四部屋を合体させたような大きい部屋が僕の部屋で、僕や婚約者の皆が生活する場所になっている。
ここは四方の一辺がすべて窓ガラスで、山の上から聖国を一望できる綺麗な景色が見えつつ、更にベランダもついている。
僕は僕の部屋の大きい白くまさんベッドに涼花さんを寝かせると、「反省しなさい」と言わんばかりにもうなにもさせまいと黒いリボンをつけたくま九郎を抱かせる。
僕の意図を察したエルーちゃんは、カート型の台を持ってきて、そこに僕の用意したお盆を乗せて歩いてきた。
「これは……」
「うさぎさんです。可愛いでしょう?」
「ふっ、今日は可愛いもの尽くしだね」
「はい、あーん♪」
「いや、一人で食べられるよ」
「いいから、お世話されてください!」
そういうとキスを待つような仕草でうさぎさんリンゴを受け入れてくるので、つまようじですくい、そのままえいと放り込む。
閉じる唇の色っぽさにどきっとしてしまうも、くま九郎のぬいぐるみを抱えてもぐもぐしている涼花さんはなんだか可愛らしい。
「ん、美味しい。これはソラ様が用意してくれたんだね」
「そうですよ。ふたりが汗かいてる間に……」
「ほ、ほら!こちらも……」
恥ずかしくなったエルーちゃんがもう一つのお皿に入ったものをスプーンですくった。
ふたりが治まるの待っていたら、辺りはもう暗くなってしまっていた。
「それは……」
「はちみつヨーグルトです。橘家では、風邪を引いた時などに食べるでしょう?」
葵さんやブルームさんとの思い出の料理だ。
「はい、あーん」
今度はエルーちゃんが涼花さんに食べさせる。
「ん、これは……」
「リンゴが余ったので角切りにして入れました」
「これはこれで美味しいな」
その後、エルーちゃんと二人で交互に涼花さんに食べさせていると、やがて食べ終わった頃にドン、ドンと外から音が聞こえてきた。
「ほら、ここに座ってください」
僕が涼花さんをベッドサイドに座らせると、配膳を下げたエルーちゃんがエルーちゃんと涼花さんの部屋から青いリボンと黄色いリボンのくま九郎を持ってきて、三人で抱える。
僕とエルーちゃんで涼花さんの左右に座り、ベッドサイドにくま九郎を抱えながら外をみると、ぱあんと音がなって光った。
「花火は三人で見れましたね」
「ここからだとよく見えるのですね」
「今日はすまなかった」
「気にしないでください。お祭りは来年また行けばいいんです。今年は涼花さんを労えて、こうして一緒に花火を見れただけで十分です」
「それに、こういうときは謝るものではございませんよ、涼花様」
「……そうだね。二人ともありがとう。愛してるよ」
「愛してます、涼花さん」
「私も、お慕いしております、涼花様」
「ふふ、両手に花だ」
「私の台詞ですよ、それ……」
電気もつけず、三人で肩を寄せあってくま九郎を抱き、月の光と綺麗な花火の光だけを見つめる。
夜目が効かず二人のことは花火を通してでしかあまり見えなかったけれど、肩の温かみで僕らは繋がっている気がしていた。




