第749話 病人
夏の終わり。
祭りがあると聞いて外に出る約束をしていたが、涼花さんが熱を出してしまった。
「こんな日に、すまない。ごほっごほっ」
「ハイキュア……原因は取り除きましたが、熱が収まるまでは安静ですね」
「ああ、ありがとう。しかし、どうしてソラ様はメイド服を?」
「エルーちゃんのを借りました」
「いや、方法を聞いているのではなく……」
「看病といったら、メイドさんでしょう?」
「安直では……っ!?」
ふりふりとメイド服を見せびらかしてから、エルーちゃんと向い合わせで両手で恋人繋ぎをし、それから片手を離して涼花さんの手を取る。
「今日は、涼花さんが一日ご主人様です!」
「ソラ様と二人で精一杯ご奉仕させていただきますね」
「いや、私の主はソラ様……」
頑固な親衛隊長に、僕は紺色のリボンをつけたくま九郎ぬいぐるみを押し付ける。
「いいから、お世話されてくださいっ、ご主人様♪」
「か、可愛いの、暴力……」
エルーちゃんと笑顔をふりまくと、顔を赤くした可愛らしい涼花さんの照れ顔を拝めたのだった。
「ソラ様、こういうのは私達がいたしますから……」
「ごめんね、お仕事の邪魔して。でも今日は私が涼花さんの一日メイドさんだから、涼花さんの看病は私にやらせてほしいの。お願い……!」
後宮の台所を借りようとするとシスカさんやシンシアさんに止められたものの、僕のお願いは効き目が強かったらしく、メイドさん達もしょうがないですねと諦めてくれた。
ちなみに後宮のメイドはエルーちゃん、僕の副専属であるシスカさんにほぼエレノアさん専属のシンシアさん、そして今日は非番だけどリス獣人のリズリーさんもいる。
シンシアさんはこの間スカウトしたが、なぜ後宮メイドにリズリーさんがここにいるかというと、この間の西の国のアリシア王女の一件でリズリーさんは王家への信頼を失い、向こうの情勢が落ち着くまではしばらく弟さんを預かっていた。
そんな最中、急遽新しく用意されることになった後宮でメイドが必要になったので、聖女院が募集をかけていたところにダメ元で応募してくれた。
弟を守るためとはいえ一時的に裏切りを行ったこともあり西国には帰りづらく、更にはアリシア王女派の人達からしたら決定的な証言の一つとなったために、恨んでいる貴族も多くいる可能性が高い。
両親も他界してまだ幼い弟さんと二人暮らしとのことで、僕達聖女院が救った恩に「弟さえ安全であれば何でもします」と答えてくれた。
実際聖女院は政治を持ち込めないし貴族でも王族でも正式な理由なしに入ることは許されていないので、弟さんにとっては世界一安全な場所と言えるかもしれない。
もちろん事前に面接はしたけれど、知らない仲でもなかったので採用の運びとなった。
「私もお手伝いします」
「エルーちゃんは汗拭いてきて」
「そういうのこそ、ソラ様がなされた方がお喜びになると思いますが……」
「いや、私だと汗拭くだけで終わらないかもしれないから……」
毎日見ているとはいえ、あの肢体を拝むと流石に僕も無反応というわけにはいかない。
「ケダモノ……」
「腰しか振れないサルですね」
シスカさんもシンシアさんも毒舌が酷い……。
僕が男だということは後宮メイドの皆さんには伝えている。
ここはそういうことをするところでもあるから、どうせそのうちバレるだろうしね。
シンシアさんは薄々勘づいていたらしいけど、リズリーさんは吃驚しすぎて顎が外れそうになっていた。
「ひ、ひどい……!それに、どちらかというと我慢できないのは涼花さんの方なんですけど!?」
涼花さんは彼女の中の可愛さメーターが限界になると襲ってくるタイプだからな……。
「とにかくエルーちゃんは、行ってきて」
「は、はい」
「ソラ様、包丁の扱いお上手ですね」
「いや、リンゴ切ったくらいで褒められても……」
「ですが、皮は剥かれないのですか?」
「はい」
「ご自分の皮はすぐ剥かせる癖に……」
それ、毒舌どころかセクハラだよ……。
「こうやって、こう……三角に切れ目入れて、あとは皮を向くように……ほらこれで、うさぎさんです!」
「ウサギは年中発情期で繁殖の象徴」
「つまり、俺の子を産めという夜の意思表示……」
「どうしてそういう発想になるんですか……」
相手は病人だよ、何言ってんの。
普通、可愛いとか、そういう反応が先じゃないの……?
「後宮に雇う人、間違えたかな……」
「毎日甘ったるい空間を見せられる身にもなればお分かりになるかと思いますよ。悪態をついても辞めたり異動願を出さないだけマシとお考えください」
「うっ、すみません……」
「ここに居たいならばシンシアも早くお相手を見つけた方がいいですよ」
「そうですね……検討します」
シンシアさんなら引く手数多だろうし、きっと大丈夫だろう。
「お待たせしました、ご主人さ……」
食事をお盆にのせて涼花さんの部屋の扉を開けると、そこには上半身がはだけた涼花さんと、タオルで胸を拭いているのか触ってるのかわからないエルーちゃんが、ついばむように口づけをしていた。
「あっ……」
……完全に失念していた。
汗を拭くだけで終わらないのは、僕と涼花さんの場合だけじゃなかった……。
「んちゅ、ちゅっちゅ、りょうかはま……ほこは……んんっ!」
「……えっち魔人さん?病人相手に、何をしてるのかな……?」
「ち、違っ、私では……!」
「ちゅ、す、すまないソラ様。私から誘ってしまったんだ……。その、終わるまで待って貰えるかい?」
「……」
こうして僕は、病人相手に混ざるわけにもいかず、何故かスイッチの入ってしまった涼花さんをエルーちゃんが鎮めるのをただ見て待っていることになるのだった。
お盆を棚の上に置き、魔法で治まらぬ下半身を宥めながら、僕は「シンシアさんも早く恋人探した方がいいかも」と改めて自分事のように思った。




