第748話 心地
サツキさんが怒ったことで聖女の怒りを買ってしまったことになってしまったらしく、何故か僕のお咎めはなかった。
「そもそもソラ様がなさることに過ちなどございませんから。むしろサンドラちゃんが粗相をしてしまったことを、お咎めなしにしてくださるだけで……」
「いや、流石に私でも過ちは侵しますから……」
「私はまだ赦してないけどね……!」
「……」
なんで僕が仲裁に入ることになってるんだ……?
「サンドラさん、あの時は本当に申し訳ありませんでした。私のことは今後一生大嫌いでも構いませんが、男の中にはお人好しと言われるくらいの人もいますから、どうか男の全てから目を背けるのは勘弁していただけませんか?」
「わ、分かってるわよ……あんたがドのつくくらいお人好しだってのは!だって、自分の誕生日に家に帰るのをすっぽかして、私に修行をつけてくれたんだもの。そのお陰で今ソフィアと仲良くしてるのも、全部あんたのお陰。だから本当に、感謝してるのよ……」
「サンドラちゃんはちょっと怖くなっちゃっただけよね?」
「う、うん……」
「それに、サンドラちゃんは今から男の子に慣れて貰わないとね!」
「え……?」
「だって、生まれてくる子供が男の子かもしれないでしょう?」
「そ、そうね……」
お茶会を続ける雰囲気でもなくなってしまったため、解散となった。
何より、お腹の中の赤ちゃんにも悪いだろうし。
でもサツキさんは納得していなかったようで、帰り道もぷんぷんと怒っていた。
「王家って、あんなに自分勝手なのかしら……!」
「サンドラさんは聖女の娘ですから元々王族でもないですよ。それにサンドラさんこそ、一年前までずっと私のような境遇だったんです」
「えっ……?」
「ソフィアさんはハイエルフ、サンドラさんはハーフエルフ。聖国……いや聖国王家であったハイエルフ種は、種族の差だけで差別をしていたんです。魔力至上主義を唱えていたハイエルフは、魔力が育ちやすいハイエルフが王族だとするとエルフは平民、そしてハーフエルフはまるで奴隷、聖女以外の人間は蛮族のような扱いでした」
「そ、そんな……」
そう、ただエルフの血が濃ければ魔力や知力がレベルアップによって育ちやすく、人間の血が濃ければ体力や攻撃が育ちやすくなるだけ。
スタートさえ違うものの、レベルカンストしてグミさえ食べれば、人間やハーフエルフでも魔力や知力なんていくらでも上げられるし追い付ける。
猫獣人なら俊敏が上がりやすいし、そんなのは種族としての「特徴」にすぎないことを、彼らエルフ種は「特別」だと勘違いし差別を行った。
「たとえ聖女ジーナさんの娘として、私達聖女の次に序列が高かったとしても、ハーフエルフのサンドラさんは王家から陰口を叩かれていたそうです。そして、その抑止力でもあった聖女ジーナさんが魔王と戦って亡くなってからは、陰口でもなくなり罵倒される日々。完全に心を病んでしまった彼女は南の国で療養する羽目になったのです」
「彼女はなにも悪くないのに……。彼女の言い分も聞くべきだったわね……浅慮な自分が情けないわ」
「今ではソフィアさんがそういった考えを持った王族を断罪したのでハーフエルフの差別は次第に改善の方向には向かってますが、何千年と続く差別意識が急に変わるわけでもないですからね。すぐには無理でしょう」
生まれただけで忌み嫌われる存在なんて、母親の支えがなければきっと命を捨てる手段を取っていたかもしれない。
「私も前世では家族や学校、いろんな所で散々いじめられてきましたが、私は人間だからいじめられていたわけではなく、私だからいじめられてきたわけですから」
種族として嫌われるということとはまた別のベクトル。
だから同じ辛さだとしても、彼女の辛さを少し分かるくらいの存在で、真に分かるわけではない。
「ソラちゃん……そんなこと言わないで。あんなの、お互いに心地良い世界が違っただけよ。私達はあなたのこと、大好きだからね」
そう、ここには僕を愛してくれる人達がいる。
心地良い世界が違っただけ。
いじめる側も、きっとその裏では闇を抱えているかもしれない。
だからこそ、なんて大人で、なんて素敵な回答なのだろうと僕は思った。
「さすがはお姉さんですね」
「……年の功って言いたいの?」
「もう……素直に受け取ってください、サツキお姉ちゃん♪」
「…………」
「サツキさん?」
返事はなく、代わりにつーっと鼻から血が垂れてきた。
「こ、こんな年増をっ!誑かすんじゃありませんっ!!」
別に誑かしてはないでしょ。
ただ感謝を述べただけだって……。




