閑話199 隊長会
【アレン視点】
「アレン隊長、今日はアレの日じゃないっすよね?」
「ああ、そうだが……。お前、いくら私達のこと知っているとはいえ、聖女のプライベートを把握しているのは流石にどうかと思うぞ……?」
愛しのサクラと真桜にお願いされ妊活を再開したものの、それが部下にも知られてしまっているのが恥ずかしいことこの上ない。
おそらくサクラや真桜が女性隊員に話したりしており、私の練習メニューが鬼だと思われると夜の生活を暴露されるという悪循環が発生しているからだ。
これでは公開処刑もいいところだ。
練習メニューを考案しているのはソラ様であり、とんだとばっちりではあるものの、本来我々が考えるべきメニューを総督に甘えている立場なのだから、この程度の悪口は甘んじて受け入れるしかないのが我々隊長の弱いところだ。
「我々も労いが欲しいんすよ。久しぶりに皆でひっかけませんか?」
「ああ、すまないが今日は別件でね。アイリーン、汗を流したら合流しよう」
「あ、はい!」
聖女院の一角、夜だけ開いているバーに入る。
今日はここは貸し切りだ。
「おっ、やっと来たな!」
「あの、本当に私も参加なんですか……?」
「本当は隊長だけで飲むつもりだったんだけどね。流石に若い涼花ちゃんが女性一人なのは良くないからと、副隊長達も呼ぶことにしたんだよ」
「アレン様はすぐそうやって子供扱いするんですから……。もう成人した上に学園も卒業したのですから、そういう気遣いはお節介というものですよ」
「まだ婚約者なのだから油断しない方がいいよ。それに君が女性一人で参加すると、敬愛する総督に怒られかねないからね」
「ソラ様はそんなに狭量な方ではないですよ」
「そのせいで妻帯者と夫人に囲まれて独り身が一人なんですけど……。これはなんの嫌がらせですか……?」
「アイリーンさん、私はまだ夫人では……」
「夫人秒読みじゃないですか。毎晩ソラ様のお部屋から防音魔法貫通してるって噂凄いですよ」
「それは、どちらかというと私ではなくエルー君とソラ様が……あっ」
涼花ちゃんも婚約者の話になると気が緩くなるようだ。
「もう、帰っていいですか……?」
「待て待てアイリーン、今日は別に夫婦自慢をしに来た訳じゃないから」
「百戦錬磨の涼花殿も、アレン殿達の前では妹のようだな。拙者は日本酒。お二人は?」
「まぁ我々99代の親衛隊は涼花ちゃんと付き合い長いからね。私も日本酒で」
「私は弱いのでチューハイで……」
「俺は焼酎。眼鏡は?」
「ウイスキーでお願いします、マルクス隊長。涼花隊長は?」
「『光の雫』をひとつ」
『光の雫』は北国寄りの地域で取れる白ワインだ。
「……そういうのを背伸びしてるって言うんじゃないのかい?」
「いちいち大人面しないでください」
「でも、好きだから選んだという訳じゃないだろう?」
「……母上の好きなものだったんですよ。だから私も好きになりたいだけです」
「なるほどね。私も日本酒が好きになったのはサクラの影響でね。彼女も日本酒と和菓子が好きだから」
「ほう、アレン殿とは気が合いそうだ」
「ま、とりあえず乾杯しようや」
「そうだね。ここは、初めての涼花ちゃんに音頭とってもらおうかな」
「……聖女様に」
「「「「「乾杯」」」」」
「――ええ!?涼花ちゃん、エクストラランクになったんですか!?」
「ええ、アイリーンさん。まあ、エルー君とともに、ですが」
「あの御方は専属メイドをどうしたいんだ……?」
「ソラ様がこの世界で初めて心を開いた相手ですから。きっとどんな困難があっても彼女を守るためでしょう」
「惚れた弱みだよなぁ……」
「一体、どんな困難から守ろうとしているんだ、総督は……?ありゃあ魔王を一人で倒せるくらいの実力なんだろ?そんなのに困難も驚異もないだろ……」
それは私にも分からない。
「彼女は可愛いですし、寄ってくる男をはね除けるようなタイプでもありませんから。強行手段を取られても動じない能力値を持っておくのは一種の防犯対策でもあるのですよ」
「おいおい、下手すりゃ防犯対策で人が死ぬぜ……」
「それを天秤にかけた上で、総督は婚約者を選んだのだろう」
「それを抜きにしても、彼女は魔法の天才です。眷属憑依と最上級魔法を禁止したフェアな状態で戦ったらソラ様に勝てるそうですよ」
「ば、化物じゃないですか……。私達魔法部隊もやっと無詠唱が全員出来るようになって、片手でまだ2つずつ魔法が放てるようになったくらいなのに……」
「だが、同じ条件下なら涼花殿も勝てるとソラ様は仰っていただろう?」
「そうなのか!?」
「私の『夢幻』は魔法陣を斬れますからね」
「凄まじいな……」
「ですが今のソラ様には、エルー君も私ももう勝てません。眷属憑依がありますからね」
眷属憑依とは、教皇龍様などの眷属をソラ様の身に降ろし、合体することなのだそうだ。
たとえ魔法抜きで戦ったとしてもステータスが限界突破しているソラ様に勝てるわけがない。
きっと殴っただけで刀や剣が折れるのだろうな……。
「結局、討伐エクストラランクサイズまで成長した海龍なんて、どうやって倒したんだ?」
「ソラ様が、海を割りました」
「「は……!?」」
「海の水を全て消し飛ばして、周りの水をエルー君が凍らせて海を地上にしたんですよ」
「「……」」
「あとは地上でバタバタしてるウナギを尻尾から輪切りにしておしまいです」
「海龍をウナギ扱いて……」
「涼花ちゃん、酔ってるんじゃないよね?」
「ご本人がそう仰ってましたからね。『ちょっと強いだけのウナギ』だと」
「……総督の『ちょっと』は、世界一信用ならないことが今はっきりと分かったよ……」
予想の斜め上どころか、360度を越えて10周くらい回ってくるのがソラ様だ。
「我々が教わっていることは、総督にとって髪の毛一本程度のものなのかもしれないな……」
「教皇龍様に憑依したソラ様は威圧しただけで姉弟子を失禁させてましたからね……」
我々も総督のメニューをしているから、広義でいえば親衛隊は全員ソラ様の弟子となる。
つまり、私達でさえそうなるということか……。
「青龍様に喝を入れられて間もないというのに、あれに追い付けというのは無謀な話だな……」
「人間をやめれば、あるいは……」
「ひ、ひとまず目指すは『ソラ様以外の聖女様をお守りできるように』で……いいんじゃないでしょうか……?」
「「「「……ですね」」」」
捻り出した妥協案で落ち着いて、次の話のさかなに移ったが、結局話の九割はソラ様のことだった。




