第736話 打算
「お帰りなさいませ、ソラ様」
「ただいま、エルーちゃん」
機嫌がいいのかスカートをフリフリとしているのがなんとも可愛らしくて癒される。
頭のお団子ヘアーも揺れて可愛さアップに貢献している。
「何かいいことあったの?」
「後宮が出来たら、私は後宮のメイド長として婚約者や側室の専用メイドを取りまとめる役を担うそうです。そして私も毎日メイドにお世話されることになるそうです」
「珍しい。エルーちゃん、お世話するのは好きだけどされるのは苦手だって前言ってなかったっけ?」
「ソラ様には今よりもっと綺麗な私の姿をお見せできますし、自分の身支度を他人に任せる分、ソラ様のお世話の時間が多く取れるようになるんです」
今まではメイドとしての付き添いだったので、お茶会では給仕をするし、パーティーなどにも参加できなかった。
これからは婚約者だから、いつでも側に居てくれる。
「これで名実ともにいつでもご一緒できますね」なんて言うものだから、僕は愛情に身を任せ手を回して抱き締める。
「ですから、そんな遠回しなことなさらなくても、お悩みくらいお聞きしますよ?」
「……敵わないな、エルーちゃんには」
「私はソラ様の記録係でもございますから。こういったソラ様のお可愛らしい仕草は余すことなく全て記していかねばなりません」
「可愛い可愛い言わないでよ……」
また記録室の人達にからかわれるの、僕なんだからね。
ソファーに腰掛け、エルーちゃんに膝枕してもらう。
なぜエルーちゃん側を向かされているのかよくわからないけど、絹に頭を擦り付けて気持ちいいのと、なんだかとても落ち着くいい匂いがする。
「エレノアさんにね、告白されたんだ」
「……お受けするか、悩まれていらっしゃるのですか?」
「……エレノアさんはいつも打算的な告白のしかたをするの。『本当はキミにならボクを貰ってくれて構わないんだけど、それだとキミが困るだろう?だからボクは親友でいいのさ』って。でも、今回は少し違ったの」
頭を撫でてくれるエルーちゃんに癒されつつ、他人への恋の悩みを本命の婚約者にしていることへの情けなさを感じていた。
「『もう婚約以外で聖女院での仕事量を増やす手段がない』って。打算的なのは変わらないのに、打算的に外堀から追い詰められちゃった。でもね、私がエレノアさんに甘えすぎていたからこそ、それしか手段がなくなっちゃったのは確かなんだ」
「エレノア様のことは、親友以上としては見られないのでしょうか?」
「そんなわけない!一緒にお風呂入って、あんなことになっちゃったんだから……。でも今までの婚約者はさ、お互いに恋心があったからこそ受け入れた。でも今回は違うでしょ?」
「……」
情けない顔を見られたくなくて、僕はエルーちゃんのお腹の方に顔を寄せる。
柔軟剤のいい匂いがして、少し落ち着いてくる。
「……ソラ様は、今回の告白が打算的で双方に恋愛感情がないことを危惧しておられるのでしょうか?」
「うん。彼女も王族だから、政略結婚的な価値観を持っているんだと思うんだけど……」
打算的な結婚をしたとして、そこに愛ができないわけではない。
結婚後に愛を育むことだってできるし、夫婦に愛情がなくとも生まれてきた子供には愛情を注げるという家族もいるだろう。
でも僕はこの世界の最高権力。
本人に恋人がいなくてこちらが一方的に好きだからといって勝手に婚約者などにしてしまえば、将来本当の愛を育めるはずだった相手との未来を一瞬にして消してしまえる。
相手の合意なんてなくとも奪えてしまう、そんな略奪のような権限がなんの制約もなしにできてしまう。
だからこそ僕はエルーちゃん以外には受け身だし、たとえ僕からの好意があったとしても、「僕とでなければ今後一生誰とも付き合わない」とでも言ってくれるような人とでなければ、婚約者に招き入れるわけにはいかないのだ。
「ソラ様」
エルーちゃんに上を向かせられると、エルーちゃんは真面目な顔をしてこちらを見ていた。
「本当にそこに愛がないか、きちんと確認したのですか?」
「え?だって……」
打算的って、諦めながらするものじゃ……。
「エレノア様がそういう言い方しか出来ない御方だったとしたら、それは打算の中に恋心を隠しているだけではないですか?」
「あっ……」
『――はぁ……エレノア、お前は馬鹿か……?』
『仕方ないだろう。ボクはこういう性格なんだ――』
また僕は、親友のSOSを聞き逃すところだった。
「はぁ……あの人、分かりづらすぎるよ」
「でもそのお陰で数々の発明が生まれているのだと思いますよ」
「天才は説明が下手とはよく言うけどね……エルーちゃん、胸大きくなった?」
単に下から見ると、大きく見えるだけかな?
「ゃんっ、ダメです、ソラ様っ!んっ、エレノア様にきちんとお返事してからにしてください!」
「いいの!あんな回りくどい言い方しか出来ない人、1日くらい待たせたって何の問題もない。むしろ1日悩んでいればいいんだよ……」
二度も推理させられるくらい本音を脱出ゲームのように隠したがるような人なんて、1日くらい困ってしまえばいい。
「そんなこと仰らないで、いつも私にしてくださる格好いい姿、見せてください」
「そんなこと言って、本当は可愛いって思ってるんでしょう?」
「否定はしませんが、格好いいとも思ってますよ。だって、可愛いと格好いいは共存できますから」
そう言いながら優しく撫でてくれるエルーちゃん。
もう……本当は僕の頭に触れ過ぎたせいで欲情して、太ももとおまたを擦り付けて我慢しているのバレバレなのに……。
湿り気が髪にまで伝わってきたとき、僕はソファーにエルーちゃんを押し倒し首筋にキスを落とすと、エルーちゃんと向き合う。
「帰ってきたら、めちゃくちゃにしてやるからねっ!」
「ふふっ、はいっ!」
我ながら最低の捨て台詞を残して、僕は自室を後にした。




