第72話 野宿
遠征と言ったが、何も歩きで行くわけではなく、道中は基本馬車だ。
聖女学園は生徒の数が多いため馬車の数も多くなり、長蛇の列だ。
2年生や3年生で遠征がないのは、周囲に迷惑なのとおそらく予算的にも割に合わないのだろう。
僕の班はエルーちゃん、ソーニャさん、セラフィーさん、シェリルさんと僕、そしてアレンさんだ。
班はクラス問わずに自由に組んで良いのだが、僕の場合は最悪の可能性を考慮して、事情を知る人達で固める必要があった。
アレンさんがいる理由はもちろん聖女の護衛なのだが、光魔法使いは回復役なので生命線でもある。
そのため光魔法使いの僕が倒れてはいけないからアレンさんが付くという表向きの理由もある。
なので僕たちがいる馬車は隊列の先頭となっている。
「しかしアレン様は人気者ですね……」
「シエラさんに様付けされるのはなんだかむず痒いですね……」
いくら茶番でもやっておかないと、どこでボロを出すか分かったもんじゃない。
「アレン様は普段お会いできませんから、皆さん珍しがっているのだと思いますよ」
確かに、サクラさんは学園の特別講師でもあるし、よく学園でも見かける。
それに比べてアレンさんはサクラさんが国外に出る時以外はほぼ訓練だ。会えるのは同じ聖女院で働いている人くらいしかない。
その上アレンさんは男性だから、女学園には気軽に入れない。
いや、僕も本来なら入っちゃ駄目なんだけど……。
「でも、それだけじゃないと思いますけど……」
「まあ、そうですよね……」
何と言っても短い金髪をしたアレンさんは、とても顔が良い。
サクラさんと並んでいると本当に美男美女という理想のカップルだ。
僕がジト目をすると、にこやかに笑みを返してくれるアレンさん。
「そういう顔が誤解させるんですから、気軽に振り撒かないでくださいね……」
「人を誤解させることにおいてプロであるシエラさんにそう言われるなら、相当だということですね……。肝に銘じておきます」
人を詐欺師みたいに言わないでよ……。
確かに僕の場合、誤解を解いてもなお男だと信じてもらえなかったけどさ……。
「今日はここまでだ!皆各自で休息を取るように」
アレンさんが各馬車へ伝言を伝えていく。
遠征には僕にとって、多くの問題が生じる。
例えば今、茂みにいる皆さんの目をそらすこともそのひとつだ。
いくら公道とはいえ異世界だ。
パーキングエリアもなければ簡易トイレもない。
「ん……」
目をそらしても水の音が聞こえてくるのはずるいと思うんだ……。
僕は何も聞いてない……僕は何も聞いてない……。
「シエラも、しないの?」
そう言うソーニャさん。
「私にはこれがありますから。『クリーン』」
学園の女子トイレも使っていない理由がこれだ。
これで身体の汚れも尿意も直接消せるのだから、光魔法は便利だと思う。
「……恥ずかしさも、ここまで来ると清々しいですね……」
一応皆には恥ずかしいという理由にしているけど、徹底していると思われたようだ。
もっとも徹底しないと、僕の場合意味がないのだ。
「出すときのあの解放感を味わえないのは、かわいそう」
お願いだからそんな解説しないで、ソーニャさん……。
翌日、朝早めに起きるとアレンさんが剣を振っていた。
「その剣、使ってくれているんですね」
「……シエラさん」
「おはようございます、アレンさん」
「おはようございます。もし良ければ、お付き合い願えませんか?」
「……私に剣は扱えませんよ……?」
「なるほど、そういうことですか……。魔法でも構いませんよ」
断ったのに、なんで構えるのさ……。
「お手柔らかに」
「はは、こちらの台詞ですよ」
本気を出したらバレちゃうよ……。
「――ふぅ……お付き合い感謝します」
僕は障壁でアレンさんの剣を捌いていただけだ。
反撃をする余裕があるなんて知られたらバレかねないからね……。
「強化魔法、良くなっていましたね」
「ありがとうございます。これもソラ様のご指導のお陰です。お師匠様に今度伝えておいてください」
そこまで言われて、周りに野次馬がいることに気づいた。
「強いとは思っておりましたが、まさかアレン様の攻撃を捌ける程とは……。流石は大聖女さまのお弟子さんですね」
代表してリリエラさんがそう言う。
そっか……普通に考えたら剣聖の剣技を捌ける時点でおかしいのか……。
改めて僕の感覚が狂っていることに気付かされた。
「さて、移動……」
「きゃあああ!?」
アレンさんがそう言ったとき、何処からか悲鳴が聞こえてきた。
「て、敵襲!魔物の群れですっ!?」