第721話 死人
「つまり、我は異母兄妹、姉上は異父姉弟。姉上が姉に全てを奪われたように、妹が我の全てを奪う前に阻止したかったと?」
「ええ。今回助けた理由はそれです。でも、そこで終わりじゃダメなんです」
「我を助けてアリシアを捕えた時点で、既に姉上のパターンからは外れていると思うが……」
「いいえ。確かにあの姉の支配された奏家から私はこの世界に来ることで逃れました。でも、奏家は私がいなくなっただけ。まずはその後の話をしますね」
奏家の身の上話をしているときは、いくらエルーちゃんが触れていようとも心がざわついて落ち着いてくれない。
せめてもの抵抗として、僕は震える手で紅茶を一口含んでから続けた。
「私がいなくなってから、奏家は私の捜索願を出しました。もちろんこちらの世界に来ているので見つかるはずもありませんが、その間にお父さんが動いたのです。父は母と姉が私の虐待を行っていること、相談もせずに使ったお金の行方、そして母が浮気をしていることを二年もかけて探偵を雇い、全ての証拠を揃えていたのです。そして裁判は始まりました」
つまり、今回僕がアリシア王女を糾弾したように、奏家ではお父さんが職場仲間の伝手から探偵と弁護士の知り合いを雇って二年間みっちり証拠を取り揃えた。
「その理由は、母と姉から私を引き離すためだったそうです。向こうの世界では父親が親権を得るのは母親よりとても厳しく、だからこそより時間をかけたのだと思います。でもその直前で、私はこちらの世界に来てしまいましたが……」
あの人も不器用だったけれど、僕のことを愛してくれていた。
何もかも全部、タイミングが悪かった。
学校でも嫌われ、家に帰っても嫌われ、優しくしてくれたお婆ちゃんや従姉の梓お姉ちゃんはひと足先にこちらの世界に来たせいで行方不明になり、最後には父親に「生むんじゃなかった」と言われ、僕はこの世の全てから嫌われる存在なのだと諦めていた。
でも、そうじゃなかった。
過ちを償い、耐え忍びながらも解決に向けて動いていた父親がいてくれた。
「私がそのことをエリス様から教えて貰ったのは、最近のことです。ですが私はもう向こうの世界には帰れない。だからもういない私のために、親権争いをしてもらう必要はなかったんです。だからせめて味方として戦ってくれたお父さんが勝てるように、エリス様には向こうの世界で私の遺体の複製を作って、母と姉の住む家に置いて貰ったのです」
王家の後継者争いと、奏家の親権争い。
全くの別物だけれど、僕にとってはデジャヴだったのだ。
「父の勝訴が決まった日、姉が自殺したんです。そして殺人容疑で母も懲役に。私には姉が自殺した意図が理解が出来ませんでした」
「懲役になるくらいなら死にたかっただけでは?」
「いや、今になって分かりますが、あの人はひたすら愉悦感に浸りたかった人だったんだと思います。他人が稼いだお金で豪勢に遊び、その稼ぎ頭であった私や父に胡座をかいて座る、そうしていることで自分が生きているのだと実感できる。そういう人だったんです」
「それは、歪みすぎていないか……?」
「あまりこういうことは言いたくないが、姉上とはかけ離れた考えをしているな……」
「姉は最初からそういう人だったんです。でもその稼ぎ頭のどちらもいなくなった。でも勘のいい姉の事だから、きっと気付いたんですよ。だって、いくら捜索しても出てこない死体が、急に、しかも都合のいいように姉の占拠していた家の倉庫から出てくるわけないじゃないですか」
そう、エリス様の複製した死体を、姉はきっと見たのだろう。
「いくら精巧に作られた死体でも、私本人ではないと実の姉は気付いてしまったんです」
「……なんて人だ……」
「だから私とエリス様に嵌められたと気付いた姉は、復讐のためにこちらの世界に来ようとした」
「まさか、この世界に来たというのか!?」
「こっちの世界に来れる人間はエリス様が選抜してくださるので、結局聖女や一般人として来ることはありませんでした。それに向こうの世界の人で聖女になるには、特定の条件をクリアした人でないとダメですからね」
エリス様に認められてゲームを貰い、そのゲームで全アイテムをコンプリートして初めて来られるようになっている。
「でも、人としてじゃなければ、来ることはできたんですよ」
「なんだって……!?」
「魔王四天王・不死王リッチは、化かす相手の身近な死人に化ける」
「ま、まさか……」
普通の人なら、絶対に考えないことを、平然とやるのが姉だ。
「星空は、死人として化けることで私に復讐しに来たのです」
そう、まるで罠に嵌めた僕たちを呪い殺すように。




