閑話193 ショタ
【下野皐視点】
「ああ、そろそろ時間よ」
「えっ……?」
「ほら、あなたが私の世界に来る準備が整ったわ」
「エリスさん、もしかしてもう会えないの……?」
そりゃあ神様なんて、普通一回しか会えないものね。
「何言ってるの?いつでも会えるわよ?」
コンビニエンス女神……!
「じゃ、サツキ。また落ち着いたら会いましょ!」
緩いなぁ、神様――
「――はっ!?今日は土曜日、出勤日……!?」
いかん、寝ぼけてた。
もう会社辞めたんだったわ……。
「社畜精神が漲っていていかんな……」
「お待ちしておりました。ようこそお越しくださいました、聖女シモノ・サツキ様。私はこちらで政務官をしております、ルークと申します」
私は高級レストランのレッドカーペットの上のようなところにぺたんと座っていた。
そしてなんかイケメンの騎士達がなんか私に向かって祈りを捧げていて、私の前には先ほどルークと名乗った赤髪の長髪のインテリメガネと悪役令嬢並みの金髪ドリルがそこにいた。
「ええと、婚約破棄会場か何か……?」
異世界転移って話だったけど、あのゲーム学園ファンタジーものじゃなかったはず……。
そもそも私、婚約はおろか恋人すら居たこともない喪女よ?
こちとら悲しいことに破棄するものもされるものも、何も持ち合わせてないっての。
破棄……破棄……まさか、前の職場からの退職届の破棄!?
それはとても困る!
馬車馬人生再開の危機……!?
いや、異世界まで来て今さら退職届破棄されても、そもそも会社に戻れないから関係ないでしょう、何言ってんだ私。
「ま、まさか私達の婚約を破棄して……!?」
えっ、私が破棄する側なの?
でも確かに、いかにも婚約破棄されそうな悪役令嬢を前にして、一生に一度言えるか分からない台詞があるのなら、言わないわけにもいかないわよね……?
よし、ここは心を鬼にして……。
「あなたとの婚約を……」
「まさかサツキ様……!本当にルーク様とのご婚約をご所望で……!?」
「……ん?」
なんかおかしな誤解が……。
「サツキ様!私達は婚約をしている身でございまして……!それだけは、どうかお慈悲を……!」
「この婚約は、大聖女様が押してくださっているものでございます故……!」
な、なんかただのラブラブな新婚さん……?
「いや私、別に誰とも婚約する気ないですよ……?」
別室に通され、フカフカの赤いソファに座る。
天井にはシャンデリアまでついていて、西洋の王室か何かのように感じるわね。
そんな場所にゴリゴリの部屋着でいるの、落ち着かないんだけど……。
「改めましてサツキ様にご挨拶申し上げます。私、聖女秘書見習いとしてこちらで臨時的に働かせていただいておりますリリエラと申します。先程は申し訳ございませんでした……」
「気にしないでください。変なこと言った私が悪いんですから……」
衝動で変なこと言うのはやめよう。
黒歴史になりかねない。
「ええと、その前にあなた方の年齢をお聞きしても?」
「わ、私は今年で18です」
あら若い。
見習いって言っていたし、きっとルークさんとのOJTなのね。
しかし、研修期間中の美少女後輩を引っかけるなんて、このインテリメガネさんも隅に置けないわね……。
「ルークさんは?」
「今年で28になります」
10歳差ってマジか……というか見た目若っ……!
えっ、この世界では普通なの?
いや、そんなことより……。
「ルーク君はタメなのね。じゃあ二人ともタメ語で話しても大丈夫?」
「勿論でございます。ですが、聖女様はこの世界の最高権威ですので、こちらから敬語を使うことはお許しください」
「分かったわ」
「しかし、珍しいですね……」
「珍しいって?」
「いえ、前例がないわけではございませんが、近年の聖女様は学生であらせられる時期に転移することが多い傾向にありましたから」
「……こんな生き遅れの喪女を転移させる程に人材不足なのね、異世界は……」
「そ、そんなことはございませんっ!」
「リリエラちゃん?」
「まだお会いしたばかりではございますが、サツキ様はハキハキとお話になられる、『できる女上司』という印象です!それに、お胸も大層大きく……先程はルークが余所見してしまわないか不安になってしまったのです」
「別に他人の男を取る趣味もないから安心して。確かにルーク君は顔は整ってるけど、私の趣味じゃないわ。にしても、リリエラちゃんはルーク君ラブなのね!」
「お恥ずかしいです……あの、お胸を大きくする秘訣はございますか?」
うわ、よく聞かれるんだけど、困るんだよねこういうの。
牛乳も特別好きなわけじゃないし、こういうのって結局栄養がどこ行くかの運ゲーだとも思うし。
でも、夢を壊すようなことは言えないし……。
「そうねぇ……婚約者によく揉んでもらったら?」
「もっ……!?」
「正直こんな脂肪の塊、あげられるもんならあげたいわ!ただでさえオフィスワーカーなのに、胸のせいで肩こってこちとら仕事中常時肩デバフ三倍よ?やってられないっての……」
あら、愚痴ばっかになっちゃったわね。
「ああ、ごめんなさい。なんの話だったかしら?」
その時、お盆を持った銀髪の男の子がお茶を出してきた。
「あら、ありがとう」
「すみません、本来ならば女性のメイドを連れてくる予定なのですが、現在別の聖女様の件でメイドも出払っており……サツキ様?」
「…………!?!?」
バン!と思わず机を叩いて身を乗り出した私は、配膳を終えお辞儀をして去ろうとしていた男の子を慌てて止めた。
「そこいく私好みド真ん中のショタ執事君!?このわたくしめに、どうかお名前だけでもっ!?」
「「「は……?」」」
土下座した私の心の感動と同時に、部屋の空気が凍った。




