第710話 海龍
眷属憑依……霊気解放程ではないにしろ、多少の魔力は使うらしい。
経験上今周りにリッチはいない筈なので、眷属憑依は解除しておこう。
リッチは死体から魔力の魂……つまりは魔力総量を奪う。
だから火葬などして魂を解放して魂との紐付けを解けば、付け入る隙はなくなる。
だから王都のような往来では動物や人の遺体など残しておかないように徹底しているため、リッチにとってメリットがない。
「国を跨いでいないでしょうから、おそらく今回のリッチの個体は出現したてで、セイクラッドから現れたのでしょう」
「あの、話の腰を折るようで悪いのですが、軍事資金とは?リッチはそれを得て、何に使うつもりなのでしょうか?」
「おそらく、魔石でしょうね。魔物の魔石には魔力が宿っていますから、そこから魔力を吸収するだけで、リッチが力を増したり分裂したりするために必要な魔力を得られるのです。多額の資金を魔石に変えたのですから、リッチは今頃百匹くらいに分裂していてもおかしくないでしょう」
「ひ、ひゃく……!?」
リッチは他者の身体や魂などから魔力を吸い取って、一定数までに達すると分裂する。
今までは人間の魔力からのみ吸い取ると思われていたけれど、最近のリッチは見境がなく、魔物の身体や魂である魔石からも魔力を吸い取ることが判明している。
「正直単純に100体に分裂したくらいなら私達でどうにでもできるのですが、悪手だったのはこれが軍事資金だったということです。これはハイデン王とアール王太子が身動きがとれない間にアリシア王女がくすねた軍事資金のはずですが、そのお金は何に使われる予定だったかご存じですか?」
「ああ、我は知っているというか……本来であれば王家のゴタゴタが解決したときに、姉上にも相談する予定だったのだ。近頃セイクラッドの海の沿岸付近にクラーケンが姿を表すようになったと。だが姉上も学業で忙しいだろうし、頼りきりはいけないので冒険者や王宮騎士達で何とかする算段を立てるために軍事資金を父上から出して貰っていたのだ」
身動きが取れなくなる前に、きちんと解決への算段を立てていたようだ。
アール王太子も、ちゃんと成長したようで兄貴分としては嬉しく思う。
まあ、何故か性別を知られた上で姉上と呼ばれてるし、本当はアール王太子の方が年上なんだけどね……。
「ああ、私も覚えている。だがしかし、それがまさか勝手に使われているとは……」
「結局クラーケンは昨日一匹私たちが倒しましたが、今日も涌き出ていることでしょう」
「なんと!?あれは一体だけではないのですか!?」
「むしろ、クラーケンは生息地であった海底を追われ、海岸付近にまで逃げてきただけです」
「逃げてきた……?」
「クラーケンをも食べる、そんな魔物が……まさか!?」
Aランク冒険者の涼花さんは知っていたようだ。
冒険者ギルドのクエストで、唯一やらなくてもいいおまけ要素と化していたクエストがあった。
ゲームでは娯楽のための討伐クエストだったが、現実にいる魔物はそのうち去ってくれるわけではない。
「そう、何百年とクラーケンなどのたくさんの魔物を食べて成長した海龍リヴァイアサン。討伐ESランクで、魔王より強い存在。王家はこんな後継者争いなんかせず、すぐに海に調査隊を送り、私達聖女に報告すべきだったのです」




