閑話1 ガチ恋
【柚季桜視点】
「――ほら、行ったわよ。 そろそろ出てきなさい」
本当はどうせここにいるんだろうなと思っていた。
『くぅ……尊い……! ここに、ソラきゅんが……さっきまでいたなんて……!!』
空間が裂け、白の長髪にファンタジーのエルフのような、少しだけとがった耳が姿を現した。
見た目は私とそう変わらない――20代後半から30代くらいにしか見えないこの大人のお姉さんこそが、唯一神エリス。
『私、同じ空気吸ってるんだ……ん゛ん゛ん゛ぅ!』
そう、ソファで限界化して悶えているこのエリスこそ、ソラちゃん推しの厄介オタクだ――
◆◆◆◆◆
エリスはたまに地球観察と称し、友人候補を探していることがある。
その最中に偶然、ソラちゃんを見つけたらしい。
『女装姿もツボ。 男の子の姿もきゅんきゅんするらしく、一粒で二倍美味しい』というのが本人談。
前世でいじめられるソラちゃんをなんとかしてあげたくて、でも直接出会う勇気が出なくって。
絶望を味わってどうしようもなくなってきたソラちゃんを見て。
勇気を振り絞って、それまで女の子にしか送っていなかったゲームを初めて男の子に渡したらしい。
「あなた、今回の件で相当嫌われたみたいよ? 大丈夫なの?」
『わっ、私は……壁になれればそれでいいのっ! それ以上なんて……』
「じゃあ、別に女装してもらう必要もなかったわよね?」
ソラちゃんが聖女学園に通うことは聖女としてのしきたりみたいなものだけど、エリスが言い出さなければ女装を強要する必要はなかった。
『それは……だって……!』
恥ずかしいのか、顔を隠す仕草は最早ただの乙女。
『男装しちゃうと、ソラきゅん……きっと皆にモテちゃうだろうし』
これは、重症ね……。
これで『私は恋してない! 壁から見ているだけでいいから!』なんて言い張るのだから、可笑しな話よね。
「それを恋って謂うのよ。 全く……ソラちゃんのことになると、途端に"らしく"なくなるんだから」
神エリスが初めて恋した聖女。
それがソラちゃんに聞き及ぶことは禁止されているが、その事実は神託のときにアモルトエリスの世界の民に共有されている。
神エリスの友人である存在のことを聖女と呼ぶのなら、エリスが見初めた存在のことはなんと呼ぶか。
――アモルトエリスの民は考えた結果、ソラちゃんのことを『大聖女』と呼ぶことにしたらしい。
そうしてソラちゃんが来る前から、彼は『大聖女ソラ様』と呼ばれるようになった。
『サっ、サクラぁ……どどどどうしよおぉぉうっ!! ソラきゅん、怒らせちゃったよぉ……!!!』
友人のエリスがこんな風に感情豊かになったのも、ソラちゃんのことを話すようになってからだった。
そういう意味ではソラちゃんには感謝している。
その間を取り持っている身としては胃が痛いけどね……。
「条件、訊いてたでしょう? ちゃんと自分から会って謝れば……赦してくれるわよ、多分」
ソラちゃんはしっかりした子だった。
前世でのソラちゃんのことは逐一報告してくるエリスから訊いていたけれど。
あの両親、あの家族にいてあんなしっかりした子になるんだなと思ってしまったくらい。
『あ、会えないよぉ……! 一体どんな顔して会えばいいのぉ……っ!! 初めてのイチ推しなんだもん……』
大の大人が『だもん』じゃないわよ。
貴女何歳生きてるのよ。
まるでガチ恋厄介オタクね……。
先行きが心配になるわ……。
「これは取り決めよ。 3ヶ月以内に会わないなら私が無理矢理会わせるからね」
『そんなご無体なっ!? 三か月以内に死ねって言うの!?』
会うだけじゃないの。
死ねとは言ってないわよ。
それにあなた死ねないでしょ。
「それに、早く会って説明しないと今回みたいな他の人への被害が増えるわ。 ソラちゃんは優しいから他人のためには怒るわよ」
この世界に来てから、私は充実した毎日を過ごさせてもらっている。
だから正直エリスには感謝している。
その恩返しとして、この友人の初恋を応援したい気持ちは少なからずある。
『ふぐぅぅぅ……』
「さて、どうしたものかしらね……」
相変わらずソファーで悶える友人を横目に、不安にまみれた先行きについて考えることにした――




