第706話 断罪
「『だから聖女であり光魔法使いである我を三日後まで王城に入れさえしなければ、ティファニー妃の魅了は解け、王女アリシアは完全犯罪となり証拠もないため捕ることはない。たとえ隙を見せていたとしても、捕まるのは実際に毒を盛り犯行を行ったティファニー妃だけになるからな』」
そう、だから僕は三日後と言われたのに翌日に強行突破で王城に突っ込んだのだ。
明らかな敵対の顔に変わるアリシア王女。
この世界で成人したての15才が、顔に皺を寄せきって僕を睨み付けてくる。
「『有難い講義は終わりだ。では、証拠を見せようではないか』」
僕は魔水晶をアイテムボックスから取り出した。
「『魅了中の人間は魔水晶による鑑定で魅了されているかがわかる』」
魔水晶は通常冒険者ギルドに行かないと見られないし使えないから、この仕様は冒険者でない限り恐らくほとんどの人が知らないだろう。
だが今更ティファニー妃が魅了されていることが分かったことで、なんの進展もしない。
だからアリシア王女は緊張しつつも、口元は緩く笑みを浮かべていた。
けれど僕の本命は、そこではない。
「『そしてそれは、魅了されていることが分かるだけではない』」
魔水晶をティファニー妃に近付け、そして触れさせる。
名前:ティファニー・マイスリー
種族:人種族 性別:女
ジョブ:王太子妃 LV.15/100
体力:158/158 魔力:102/129
攻撃:78
防御:69
知力:165
魔防:130
器用:144
俊敏:56
スキル
風属性魔法[中]、土属性魔法[初]
状態
魅了(アリシア=セイクラッド)
そう、魔水晶は魅了がかかっているという状態異常だけでなく、『魅了をかけた側が誰か』も分かるのだ
「……ウソでしょ……?」
ああ、この顔。
僕の婚約者二人を洗脳しようとした愚か者が、女王になるなんて幻想を抱き、夢へのあと一歩、細い糸を掴もうとして堕ちていく様。
僕はこれが見たかったのだろう。
そして僕は追い討ちとばかりに、更なる事実を叩き付けることにする。
今の僕は、姉だから。
「『我がこの会場に入ってきた時からこの会場の光景は、我が聖女院魔道伝道師達によって全て映像として中継されている。セイクラッドの民だけでなく、他国の民や貴族にもこの事実が届いているであろう』」
マヤさん達伝道師にもお願いをして、この最悪な惨状を全世界に広めていたのだ。
これでもう、アリシア=セイクラッドの逃げ場は一つもない。
たとえ逃げられたとしても、国際的に指名手配を受ける。
この快感にうちひしがれている僕はきっと最低最悪で、星空のようにとても恍惚な顔をしていることだろう。
「待て!」
息を切らして別の扉から入ってきたのは、四人の人影だった。
セフィーがハイデン国王を支えながら、そしてもう一人の女性がアール王太子を支えながら会場にやってきたのだ。
「陛下に、アール殿下!?」
「二人とも、毒で伏せていたのではないのか!?」
「両者とも、私が毒を治しました。少し時間がかかってしまいましたが……」
「なんと!あのイヴ子爵令嬢ですら治せなかった毒を、いとも簡単に……!?」
七色の属性魔法と『臨画』が使えるセフィーは、10のストックした魔法をいくらでも使うことができる。
だが僕が推奨した、自らの身を守るための攻撃や防御に特化した魔法のストックではなく、彼女はハイキュアやハイヒールなどの人々を救う魔法を重点的にストックしていた。
彼女はある意味で今のティファニー妃と同じ、『命令されて毒を盛った』境遇であるからこそ、今度は僕のように人々を救う希望でありたいと、常々話していた。
本当に、優しい子だ。
「やめてくれ姉上!」
「『アール……今更何を言うかと思えば、この期に及んでこの女の命乞いの嘆願をしようと言うのではなかろうなッ!?』」
「そうしたいのは山々だが、そうではない!我々王家は民や貴族に対して散々なことをしてきたことに対して責任を取る事しかできない。陛下も我も毒を盛られて動けなかったことは事実だが、だからといって責任から逃げる気は毛頭ない!」
まだ毒から治りかけなのか、急いできたからなのかは分からないが、ぜぇぜぇと苦しそうにしながらも話していた。
「『ならば貴様は何をしにここに来た?』」
「やめてくれと言ったのは、姉上だ!」
「『は?貴様は何を……』」
「そんなに水浸しになるまで泣いてまで、もう断罪なんてしなくていいのだ!!」
「『え……?』」
僕の遺伝のもう一つ……母の血である姉と同じ感情に乗っ取られるだろうと。
そうして他人が絶望する姿を目の前にして、怒りに身を任せ制裁を果たした僕が極上の愉悦感を露にするだろうと。
あの上塗りを重ねた厚化粧から気付かずに出てしまうアリシア王女と同じ醜い顔をさらけ出しているのだろうと。
そう思っていたのに。
僕が、泣いている……?
下を見ると、本来僕にはない女性のそこそこ大きな胸があるだけでなく、全身が怒りを露にしたように皮膚の上に教皇龍の鱗が浮き出ていた。
そしてその手にぽたり、ぽたりと冷たい水が落ちたのを触覚で確認し、更に下を見ると、垂れ流し続けていた涙が池のようになっていたことに初めて気付いた。




