第705話 禁忌
「『魅了魔法が何故この世界で、わざわざ国際法で禁じる程に禁忌とされているか、知っているか?いや、知らないからこそ我の怒りの意味を軽んじているのだろうな。少し無知な貴様らに講義をしてやろう』」
先生の肩書きがこの場で生きるなんて誰が思っただろうか?
無属性魔法で電光掲示板のようなものを用意し、そこに光属性魔法で絵を描いていく。
「『魅了魔法は術者の魔力と引き換えにまるで奴隷のように自由に操れる。もちろんこの世界では奴隷制度も禁じているから、それと同等の効果を持つ魅了魔法が禁忌と考える者も少なからずいるだろう』」
もっと、もっと空気を重く。
今の私は、あの姉らしく振る舞わなければ。
「『だがそれは勘違いだ。同等の効果などではない。奴隷への命令は逆らえば奴隷の飼い主から制裁があるかもしれないが、制裁が絶対にあるわけではない。奴隷契約魔法なんてものがない以上、あとで何をされるか分からないにせよ、奴隷ならば逆らうことができるからだ』」
声に、魔法をのせて威圧を放つ。
これはハープちゃんの得意とする威圧彷徨で、人々を怖がらせる目的でなく、威圧中に誰にも魔法を放てないようにするための処置である。
「『だが、魅了魔法は逆らうことすらできない』」
「なんだって……!?」
「『自分より魔力量の低い相手にしか魅了魔法はかけられないなどの条件があるが、その代償としてどんな命令をさせることもできる』」
だからこそ僕は信頼できて大切な人たちには無理矢理にでも魔力を上げておくようにしていたのだ。
インキュバスにエルーちゃんを操られたときは、気が気でなかった。
「『腕を折れと言われれば腕を折るし、足を切れと言われれば足を切る。他人の代わりに人を殺せと言われればそうするし、凌辱されたり、自害しろと言われれば、自ら毒を飲んで死んだり首をつる』」
「そんな……!?」
「『操られている間の感情もなく、声も自由に出せず、その時の記憶もない。魅了魔法が解除された時に初めて、それらの痛みや行為の代償が襲ってくる。本当は全て他人にやらされたものに関わらず、自分がしたことだという事実をあとで突きつけられる』」
「そんな、残酷な魔法だったなんて……」
僕が講義と称してわざとここにいる全員の耳に入るようにしたことで、今ここで自害や変な行動を取れば、操られていることを自首しているも同然になる。
そうすれば、疑われるのはここにいるそれ以外の全員。
これは、僕なりの牽制だ。
「『そして魅了魔法のもうひとつの特徴が、魅了をかけた側の使える魔法は、全て操られた側が一時的に使えるようになることだ』」
「っ……!?」
「『アリシア=セイクラッド!貴様の王侯貴族属性適正証明書もここに用意している。貴様の属性はただ一つ。闇魔法だけだ』」
ざわざわと騒ぎ立てる外野のお偉いさん方達。
騒ぎは酷くなるほど、容疑者に焦りを駆り立てる。
「ソラ様、ですが闇魔法を使えるものは世界にはごまんとおります!私の仕業だと決めつけるのは……」
「『そうだ。これだけの情報ではまだ証拠が足りない。だから裁くことはできない』」
「……!」
そう、これでいい。
人はストレスや窮屈な状況から解放されたという安心感を得たときが、一番快楽で満たされており、今まで警戒していた全ての物事を忘れてくれる。
姉なら、こうやって終わったと安堵したところに、究極の絶望を叩き付ける。
そうやって他人の不幸を肴にしてきた姿を、一番目の前で見ていたのだから。
「『と、思っていたのか?』」
「っっ!?」
「『我は全属性の全魔法について、その効果を全て熟知していると先程言ったのを忘れたのか?この能無しの愚か者共が……。魅了魔法にはデメリットがある。対となる光魔法を使わない限り、術者から解除ができない事だ』」
「っ!?まさか……」
「『最近は連日聖女が召喚されるせいで、一般人の光魔法使いがどんどんと増えなくなっているから、解除する手段を得られなかった。だから光魔法『キュア』で解除することはできなかったようだな』」
続きの言葉を待っているだけの、絶望の顔。
「『だが喜べ、自動的に魅了が解除する方法が一つだけある。ティファニー妃が我との邂逅の際にティファニー妃が使った、"三日後"という言葉――』」
「!?」
目を大きく開くアリシア王女。
「『そう。光魔法など使わなくとも、三日後になれば自然と魅了は解除される』」




