第704話 愉悦
「それはマイスリー公爵が母に言われて行ったものですわ!ティファニー妃はお兄様に相応しくないと前々から思っておりましたのよ!」
「アリシア様……まさか私を捨てるというのですかっ!?」
「捨てる?あなたとよろしくした覚えなんて一度もありません!大聖女様!どうか懺悔させてください!母に命令されても私は聖女様に逆らいたくはありませんでした!ですのに、私が知らぬ間にティファニー妃がこのようなことをなさっていたのですわ!」
「そ、そんな……!?」
「マイスリー家は私が責任をもって断罪いたします!ですので、ここはどうかお怒りをお沈めくださいませ!」
ざわざわと騒ぐ高位の貴族が、まるで民衆のように下世話に聞こえる。
自分の意思で口に出した言葉には、責任が伴う。
嘘を呟けば呟くほど、その口はよく回る。
そしてその嘘の数だけ厚化粧のように偽りの自分を塗り固めていき、気付かぬうちに厚化粧で面の皮が厚くなる。
ついには面の皮が厚くなったせいで自分が声を荒げていることにも気付かず、自分の顔が崩れて醜くなっていることにも気付かない。
「『ああ、これらの不敬の数々、ティファニー・マイスリーの策略だと勘違いしている者がいるようだが、見当違いも甚だしい』」
「え?」
「『まずは毒杯を渡したメイドだが……ケイリー!』」
「はっ!ソラ様に毒杯を飲ませたメイドのリズリーは病を患った弟を盾にされ、大聖女様に毒杯を飲ませなければならない状況であったと証言を受けています!」
「『弟は無事か?』」
「はい。私は獣人で鼻が利くので、匂いから居場所を見つけました。今は聖女院で保護しております」
聖女院は今アレンさん率いる第99代親衛隊達が厳重警戒体制をとっているため、世界一安全なところなので、手を出せる筈がない。
「『リズリー、貴様に毒杯を飲ませるよう命令したのは誰だ?』」
「はい。アリシア王女です!」
「嘘よっ!この女が出鱈目言っているだけだわ!」
「大聖女様が弟と私の安全を保証してくださった今、もう王家に従う義理もございません!ここに毒薬が入った瓶がございます!アリシア王女ご本人から手渡されたものですので、私とアリシア王女の指紋が付いているはずです!」
「なっ……!」
「『ケイリー、それをすぐに聖女院研究室へ持っていけ!』」
「はっ!」
証拠など何も出ないと、信じきっていた顔が、厚化粧が崩れるかのように崩れていく。
その光景に愉悦感を感じてしまっている自分がいる。
これは星空と同じ、半分の血が疼いているだけだ。
断罪はまだ中盤。
この気持ち悪い感情に飲み込まれてしまう前に、これを終わらせなければ、僕は姉と同じになってしまう。
「『さて次にティファニー・マイスリー。我を怒らせた貴様の所業だが、貴様がやっていないという明確な証拠がある』」
「「!?」」
「『先程も言ったであろう?魅了魔法"テンプテーション"は闇属性魔法だと。全ての国の王侯貴族は魔法による傷害事件などの隠匿を避けるため、予め鑑定をしてどの属性に適正があるか、5才のときに魔水晶のオーブで鑑定をして書類として纏められる。これは王侯貴族属性適正証明書といい、王家が責任をもって執り行い、そしてその証明書は王家と"聖女院"にそれぞれ保管される』」
僕は一枚の紙を取り出した。
そこには木枯らしの絵と、岩のような絵が書かれていた。
「『属性は生涯で増えることも減ることもないことは明らかになっている。ティファニー・マイスリー、この書類に記載の通り、貴様の属性は風と土のみ』」
「「なっ!?つ、つまり……」」
「『つまり、貴様に闇属性魔法である魅了は使えない。もちろん先程のメイドのリズリーも同様にだ』」




