閑話189 癒し手
【シルヴィア視点】
セイクラッドの海辺で一人佇む。
何もせずただ海のようすを見ていることしかできない今の自分が情けない。
「シルヴィア様、何してる?」
「私は海を見ているだけだ。貴様こそ、こんなところで何してる?」
「ソラ様の用事が終わるまで時間あるから、昨日の続き」
「ああ、涼花達が倒したクラーケンの残りでたこ焼き屋か」
「稼ぎ時。シルヴィア様、いる?」
「私に食事は必要ない」
「でも……たこ焼き、美味しい」
「その優しさは、他の民に分けてやれ」
「シルヴィア様、悲しそうな顔してたから」
「……」
「私も表情がないってよく言われた。でも、ソラ様といると笑顔になれた」
あまり喋らないと言われているソーニャが、こうして口数を増やして真剣に私に喋り掛けている。
自然と彼女になら、私の情けなさを話してもいいかと思わせてしまう何かがあるのだろうか?
「……今回のクラーケンの沿岸付近の接近は、恐らくクラーケンの仕業ではないだろう」
「海龍」
「なんだ、貴様も知っていたのか」
「こう見えて、Aランク冒険者」
表情はほとんど変わらないが、仕草で自慢気そうにしていることは伝わった。
「海龍ともなると、我々では無惨にやられるだけだ。その上懸念点がもうひとつある。だからこうして最悪の事態にならぬよう海を見張っているのだ」
「シルヴィア様でも、無理?」
「私と主の二人なら余裕だが、主は今召喚の儀の準備で不在だからな……」
主のいない私は、弱すぎる。
最低限の神力しかないため、損傷した部位は主が戻ってくるまで復活できないからだ。
しかし何故私は、一介の冒険者相手にここまで話してしまっているのだろうか?
「なら、ソラ様は?」
「余裕だろう。過去に海龍なぞ500体は倒しているだろうしな」
「化け物……」
「貴様……」
「ごめんなさい、間違えた。可愛い化け物」
可愛いを付けただけではないか。
「じゃあ、今はソラ様頼り?」
「ああ、大変遺憾だが、それしか手がない。サクラ様にはもう魔物討伐はさせられないし、真桜様とリン様二人ならなんとかなるかもしれないが、聖女院を手薄にすると、今度は魔王やリッチがあちらを狙ってくる可能性がある。だというのに、セイクラッドの王族がとてつもない粗相をしたせいで、奥方様の気がそちらを向いてしまっておられるのだ」
「でもソラ様ももう、知ってる」
「ああ、恐らくな……」
私や冒険者のソーニャが気付くくらいのことは、もう気付いておられる。
その上、私が懸念している最悪のケースのことも、知っているのだろう。
「私はただ、無理していただきたくはないのだ。傷付いていただきたくないだけなんだ」
「私も同じ」
「だが、主の力を得られない今の私にはもう何もできない。止める資格もない」
「でも、ソラ様は聞かない。どうせみんな助けたがる」
「よく知っているな」
「ソラ様のことは、よく分かる。いつも見ているから」
そこで初めて彼女は頬を赤らめていた。
「他人のために頑張る可愛い男の子」
「貴様……こんなところで」
「でも、人一倍傷付く男の子」
「ああ、そうだな」
「だから私たちにできるの、それを癒すことだけ」
「癒す……」
「番、まだ募集している」
「っ……!?」
「早い者勝ち。シルヴィア様がならないなら、私がもらう」
重婚を決断なされた旦那様にとって、私たちにできることは癒すことというのは、確かに理に叶っている。
だがしかし、それは我々のような旦那様をお慕いしている者達が思い描いている身勝手な妄想ではないと言えるのだろうか?
その答えが出せない私は、夕日の沈んでいく空とただ寄せては返す波の音だけを聞いて立ち尽くしているだけだった。




